「出雲ちゃん!」

ぱたぱたと上履きの音を鳴らしながらこちらに走ってくるピンク頭にやっと来た、とため息を溢し、預かっていた鞄を渡す。

「すまんなあ、掃除長引いてもうて」
「別に、気にしてないし」
「いやあ、こればっかは堪忍な」
「…あ、日誌、あんたの代わりに先生に出しておいたわよ」
「えっほんま?出雲ちゃんおおきに!」

ぱあ、と花が咲いたみたいに周りをきらきらさせて微笑む彼にどうしたらそこまで綺麗に笑えるのだろうと小さな疑問を覚える、うらやましい。当の本人はあたしの隣で相変わらずあー楽しみやなあ!俺映画はポップコーン必ず買うんよ!などとはしゃいでいる。何故かあたしはこれから志摩と映画に行くことになっていた。言っておくけど付き合ってるわけではない。理由は昼休み、奥村燐の一言からだ。

「出雲!これやる!」

そう言われて差し出されたのは映画のチケットだった。しかも学校から割と近いところにある結構いい映画館の。

「、なによコレ」
「見てわかんねえのか?映画のチケットじゃん」
「そうじゃなくて…なんであんたがあたしに」
「いや、ほんとはしえみ誘って行くつもりだったんだけどよ、しえみもこの券持ってて、余ったから」

だからって、となかなかチケットを受け取らないあたしに奥村燐は、あーもう!と言って、

「しえみがお前にって。朴でも誘って行ってくりゃいいじゃん、これ一枚で二人入れるし。あっでも期限今日までだからな!」

そのままぐっとチケットを押し付けられたあたしは暫くそれを見つめていた。その間も「今日俺も授業終わったらしえみと映画なんだー」と奥村燐は話していたが、奥村先生に呼ばれたらしく、じゃあな!と手を振り何処かへ行ってしまった。さてどうしようかと溜め息を吐く、が、内心はわくわくしながら早速携帯のリダイアルで朴に電話をしていた。折角貰ったのだし、朴とも随分二人では出掛けてない。しかし朴は用事があり行けないとのこと、朴は電話口で何度も謝っていたが別に気にしてから大丈夫、と言い電話を切った。一人になったあたしが手の中にあるチケットを持て余していたところ、

「出雲ちゃん何してん?」

こいつに捕まったのだった。

経緯を話すと志摩はそら残念やなあ、と本当に残念そうに眉毛を下げた(そのせいで元々垂れ気味な目が更に垂れてた)。急になんだか虚しくなってしまったので、さっき奥村があたしにやったようにあたしは志摩にチケットを押し付け、

「いらないからあげるわ」
「え、でも」
「それ期限今日までらしいから、女子誘って行ってくれば?」

あーあ悲しい悲しい。ここで「じゃあ一緒に行かない?」とか言えたらいいのにどうしてあたしはこうも天の邪鬼なんだろうか。まあそんなことは最初からわかってたけど。昼休みが終わるまであと少しあったのでトイレに行こうと席を立ち扉まで行ったところで後ろからがしっと腕を捕まれて何事かと振り返ればやっぱり志摩がいた。

「なに」
「ほんまにコレ俺にくれるん?」
「そう言ってるじゃない」

どうせ可愛い女の子と行くんでしょ、なんて心のなかで悪態をつきながら本当は本当は行ってほしくないと考えてしまう自分もいてあまりの我儘さに少し苛立った。そんな気分になるなら自分で誘えばいいじゃないか。もわもわと心のなかの矛盾にあたしが若干自己嫌悪していると、とてもいいことを思い付いたかのように志摩はぽんと手をうち、笑顔で、

「よっしゃ出雲ちゃん、一緒に行こ!」
「………は?」



見たのは最近話題のアニメ映画だった。志摩がこのシリーズを好いているらしく映画を選ぶ際「これめっちゃおもろいねん!出雲ちゃんもきっと好きになるよ!」と言って聞かなかったからなのだけどいきなりシリーズ5作目をみてもわけがわからなかった。ていうか正直映画なんてこれっぽっちもみてなかった。隣に志摩がいるという事実で胸がいっぱいいっぱいだったから。映画館の座席は、思ったより間隔が狭くて席と席が近い。でも映画が終わりおもろかったなあと満足そうな志摩をみて、あたしもどこか嬉しかった。心地のよい志摩の言葉を両耳で聞き取りながらまた一緒に来たいななんてぼんやり考えていたら、斜め前を歩いていた志摩の口と足がぴたりと同時に、止まった。

「、志摩?」

どうしたのだろうと志摩をみると向こうのほうをじっと見つめていたのであたしもその視線の先に同じように目を向けて、そして、ああ、と本当に小さく小さく呟いた。


黒のかかった藍色の髪とやわらかそうな金色の髪が隣同士で歩いていたのだ。一人は奥村燐で、もう一人は杜山しえみだった。頭のなかで昼休みの奥村燐の言葉を反芻しながら志摩の視線が金髪の彼女に向けられていることを悟ってしまうあたしがどうしようもなく嫌だった。

志摩は杜山しえみが好き。これはあたしが確信を持って言えることである、何故ならあたしは志摩をずっと目で追っていたから。志摩を目で追ううちに志摩も杜山しえみを目で追っていることに気づいてしまった。そこであたしの恋は儚く散ってしまったのだけど、杜山しえみは奥村燐と付き合っていたので、志摩も叶わない恋をしてるんだと知った。それでもそんなこと微塵も顔に出さずに彼らに接する志摩をみてとても切なくなってもっと好きになった。


「志摩が好きなの」
朴に言ったら、え、って一瞬驚かれて顔をまじまじと見られてそれから少し困ったような顔で、そっか、と言われた。朴がこういう反応をするのは大抵がその物事を良くないと思っているときで、そしてそれはいつもとても正しい。勝呂や子猫丸たちが志摩を女好きでどうしようもない奴だと言っているのも知っている。皆やんわりと志摩は止めとけと言ってるのが痛いほどにわかった。だけどそれは志摩にも当てはまることで、こいつは杜山しえみに叶うはずのない恋心を抱いて奥村燐と楽しそうな顔で話す彼女を見るたび悲しそうな笑顔をつくる。そしてあたしはそんな志摩を見るたびに切なくなってもっと好きになる。可哀想なくらいのその矢印の向きに嘆きながらも、でも、想うだけならいいじゃないかと結論づけてあたしは明日も何も知らない振りで志摩を見つめるのだ。


周りの人はやめとけって言った
(でもその程度でやめられるなら最初から好きになってない)

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