嫌いでしょうがない



「ねえ波江さん、波江さんは知ってる?」


ギッ、ギッ。
デスクチェアが音を立てて廻る。


向かいのテーブルでノートパソコンを操っていた彼女は、
カタカタと音を立てていたキーボードから手を離し
ふと動きを止めてこちらを見据えた。


「仕事中に話し掛けるのはやめてってあれ程言ったでしょ」
「少しくらいいいじゃない」
「そうやって許可すると貴方、仕事しないんだもの」
「ちゃんと時間には間に合ってるじゃん」


彼女は携帯をぱかぱかと開けたり閉めたりする俺の手をみて、
はあ、とため息を零すと「なに?」と目を伏せる。



「波江さんてさー、恋愛したことある?」



コーヒーでも入れようとしていたのか、
立ち上がった彼女の動きがぴたりと止まった。



「・・・いきなりなによ」
「別に、気になっただけ。おかしい?」


彼女は返事をせずに、案の定キッチンに向かった。

カップをふたつ。彼女のコーヒーはインスタントではない。
まあ、俺がインスタント嫌いだからなんだけど。


「この前、新羅からもらった新しいやつがあるんだよねー」
「メデリンでしょ」
「そう、それ。よくわかってるじゃん」


貴方がいちいちうるさいからよ。
そう言って毒づく姿も可愛いと思う俺は、おかしいだろうか。

それから俺のカップに入った淹れたてのコーヒーを彼女は俺に手渡す。お礼を言う。自分のとついでよ、だなんて言われて、やっぱり素直じゃないとこは可愛い。



ソファに座る彼女。向かい側のデスクチェアには俺。


「で?なんの話?」
「だからさ、波江さんは恋愛したことある?って話」


彼女の淹れたコーヒーを啜った。
あ、やっぱ美味しい。
新羅に今度お礼言わなきゃ、メデリン好きなんだよね。


「愚問ね」
「まあ、そうかも」
「恋愛くらいしたことあるわよ」
「ふーん」
「だって私は誠二のことが好きだもの」
「知ってるよ」


だってずっと見ていた。彼女の、弟を見つめる目を。



「でもね、波江さん。違うんだよ」
「なにが?」
「君は恋愛したことないはずだもの」


一瞬睨まれたかな、なんて思ったけど気にしない。


「どうして?」
「だって、波江さんの想いは一方通行だから」


ぴたり。
今度こそ完全に彼女の動きが止まる。


俺は言ってはいけない言葉を口にしたのだ。



「・・・そんなこと、知ってるわ」



ぎゅっと彼女が服の裾をつかんだ。
きつく結ばれた口唇。


ひどく彼女が小さく見えて、いとおしいとおもった。


「波江さんは、恋愛の意味、知ってる?」


無言のまま、ふるふると首を横に振る彼女。
ああ、ほんとに、なんでこんなにいとおしいのだろう。




「恋愛って"互いに愛情を感じ恋い慕うこと"って意味なんだって」




机にカップを置く。
中のコーヒーはなくなってしまっていた。


「だから波江さんの感情は、ただの恋」
「・・・そうかも、しれないわね」



うつむくかのじょ、いとしいかのじょ。


かなわないこいをしつづけるくらいなら、
おれのものになってくれればいいのに。





「俺、波江さんが好きだよ」






心臓が死ぬかと思った。


向けられたおおきなひとみ。涙の滲んだひとみ。
驚くかのじょの顔。いとしい顔。ああ、綺麗だと思う。



「・・・なんで」
「波江さんのことが好きだよ」
「なんで、そんなこと、言うのよ」
「だって好きだから」
「馬鹿みたい」



みたいっていうか、馬鹿なんだろうな、俺。


だって叶わないって知ってるのに、彼女の想いは決して俺には向かない、ずっと彼女の弟に向けられるとわかっているのに、好きだなんて。馬鹿みたいだ、馬鹿だ、俺は。でもそんな俺の「好き」という言葉によって、涙を流す彼女も馬鹿ってことでまとめてもいいだろうか。



「泣かないでよ」
「泣いてないわ」
「世間ではそれを泣いてるって言うんだよ」


立ち上がって、彼女の隣に座る。
一瞬びくっとなった彼女をいっそのこと抱き締めてしまおうと思ったけど平手打ちでもされたらたまらないから、否、やめておいた。
手を伸ばす。


彼女の髪を撫でて、俺の指が彼女の涙を掬った。
綺麗で透明な水滴はぽたりぽたりと、彼女のスカートに落ちていて、染みをつくっている。掬っても掬っても、乾かない。



「やさしくしないで」
「だって泣いてほしくないもん」
「なんで」
「だから好きなんだってば」
「いみがわからない」
「好きな子には笑っててほしいの」


掬っても拭いても彼女の目からは涙があふれてきてキリが無かった。彼女が服の裾で擦ろうとするのを止める。なにするのよって言われたけど、擦ったりなんかしたら赤くなっちゃうから。


「ね、波江さん、笑ってよ」
「わらってるわ」
「うそつき」
「あなたほどじゃないけど」
「それもそうだね」


進まない会話。
もどかしい気持ち。
決して交わることの無いこの想い。



「わたしは」


落ち着いてきたのか、彼女の涙が止まった。
でも俺は彼女の頭を撫でるのを止めない。
止めてなんか、やらない。



「せいじがすきなの」
「うん」
「たとえあなたのいうれんあいじゃなくても」
「うん」
「こいしてるの、あいしてるのよ」
「うん」
「だからあなたのおもいはうけいれられない」
「うん」
「うけいれたらわたしがこわれてしまうから」
「うん」


彼女の世界には、彼女と弟しかいない。
俺はいない。いなくても、いい。


ただ俺の世界には、彼女と俺しかいない。


「それでも好きだよ」
「・・・ばかみたい」
「馬鹿なんだよ、俺」
「ほんとね」
「ねえ、どうしたら笑ってくれる?」
「しらないわ」


コーヒーに手を伸ばす彼女。もうきっと冷めてるんだろうな。


ぺろり、と彼女の涙をなめる。


俺の舌が彼女の涙を掬う。
しょっぱい味が口の中に広がった。



「俺のこと嫌い?」
「だいきらいよ」
「それってどれくらい?」
「・・・しんでほしいくらい」
「じゃあさ」



小さなリップ音を立てて俺は彼女に口付けた。
彼女は驚いたみたいだったけど、罵声も平手打ちも飛んではこなかった。なんだかんだ彼女は俺の気持ちを受け入れてくれてるんじゃないかな、なんて自惚れたのは言うまでもない。





「俺がさ、もし死んだら笑ってくれる?」




そう俺が言えば、彼女はまた「馬鹿みたい」と涙を流した









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