出逢えてよかったと言ったら嘘になる

さよなら。

小さく呟かれたその言葉は自分が大分前から恐れていた言葉だった。さよなら。彼女はただでさえ消えてしまいそうな透き通る小さな声をより小さくしてそう言った。自分と離れてしまうことを嘆き泣いているのか、それとも自分と離れることが嬉しくて笑いを我慢するのを堪えているのか、その震えた声が持つ真意は僕らの真上を通りすぎて言ったヘリコプターのせいでわからなかった。「園原、さ」「さようなら」はらはらと舞うピンク色をしたそれは卒業式になんとか間に合った桜の花びらで、おぼろげながらも一生懸命咲いている姿はどことなく彼女に似ていると思った。手を伸ばせば届きそうなほど近い空(実際そんなはずないのだけど)は真っ青に透き通っていてそのピンク色はとても栄えている。「園原、さん」「さよならです、竜ヶ峰くん」カシャンと彼女の脚がそう高くはないフェンスにかけられた。ミニスカートがふわりと捲れる。細長いその脚がフェンスの向こう側へ。彼女と僕は区切られてしまった。「さよなら」こんなとき正臣ならどうするんだろうか。またお得意の寒いギャグを言って、彼女が小さく笑ったすきに救いあげてしまうのだろうか。正臣なら、僕にはどうしようもないこの状態を変えられるのだろうか。正臣なら。正臣、なら。「竜ヶ峰くん、また、紀田くんのこと考えてるでしょう」消えそうな凛とした声が屋上に響いた。目線を上履きから彼女に向ける。泣きそうな顔をしていた、否、泣いていた。「そうやって、いつも、紀田くんばかり、紀田くんなら紀田くんならって、貴方には、貴方にしか駄目なことが、あるのに、どうして、私」彼女の発する言葉の意味が僕にはわからなかった。自分にしかできないこと?なんだそれ。「私は、紀田くんが好きでした」「…うん、知ってるよ」知ってたのだ、知っていた、彼女は、正臣が好きで、正臣は。「違うんです」彼女と目が合う。反らせないほどの強い瞳だった。「私は紀田くんが好きだった、でもほんとに好きだったのは、私は」両手で顔を覆って小さく嗚咽を漏らし始めた彼女に手を伸ばそうとしてやめた。彼女は正臣が好きなのだ。触れてはいけない。「わたしは、ほんとはわたし」赤い目がちらりと両手の細い指から覗いた。涙のせいで水分を含んだ目が、綺麗だった。「どうして気づいてくれないの、竜ヶ峰くん」一ヶ月前、彼女に言った言葉を思いだした。正臣がまたいつものようにふざけて彼女に抱きついて、僕はそれを見ていた。内心苛ついていた。だから言ってしまったのだ。園原さんと正臣はお似合いだね。二日後、正臣が死んだ。正確に言えば僕が殺した。邪魔だったのだ。彼女は気づいていたようだったけど僕は知らないふりを決め込んだ。僕は彼女が好きだったのだ。だからようやく、ようやく彼女と二人になれたのに、ようやく、ようやく、それなのに彼女は。「竜ヶ峰くん」優しい声がした。彼女は笑っていた。顔を覆っていた両手は空中に広げられ、ゆっくりと彼女が体重を後ろにかけたのがわかった。真っ青な空に吸い込まれるように彼女は落ちながら言った。「私ずっと、貴方が」


一瞬で視界から彼女が消えた。はらはらと舞うピンク色の花びらに包まれて彼女は落ちていった。正確に言えば僕が落とした。あがる悲鳴。サイレンの音。そんな中。私ずっと貴方が好きだったんですよ。綺麗で透き通る凛とした声がいつまでも頭の中で響いていた。

さよなら青春

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