なんでうまくいかないのかしらね。
溜め息まじりの疲れた笑顔は冬の空に遠く儚く消えていく。














海沿いを走る一台の車。
助手席には頬杖をついた運転免許証を持っていない(というか運転免許証を取れる年齢にすらなっていない)彼女が座っている。まあそれは自分にも言えることなのだが、その面持ちは、ひどく、暗い。近くにいるのに遠くにいるような憂いの表情。窓から射す月明かりによる美しい陰影が其れをさらに引き立たせる。


「あんた、前見てないと危ないわよ」


助手席の恋人をみていたらその恋人に注意をされてしまった。彼女の瞳にはうっすらと涙の膜が光る。

綺麗だから一瞬でも長く目に焼きつけたいと思った。
永遠に、忘れるもんかと思った。







手頃な駐車場に車を止める。ちらりと時計を見れば針はどちらも1を差していた。成る程、他に車がいないのも納得できるわけだ。
シーズンのとっくに過ぎたこの時期に、しかもこんな深夜に海に訪れるなんて世間からすればとんだ変わり者なんだろうな。


(俺ららしいやんなぁ)


世間から偏見の視線を浴びてきた俺たちにはぴったりの行動だ。欲しいのは周りからの理解じゃない。同情じゃない。

いつの間にか噛んでいた下唇に血が滲んで、鉄の味がした。そんな俺を他所に彼女はちょっとねえ早く!と些かわくわくした様子で俺の腕を引く。
待って、今行くよ。一緒に逝くよ。
夜の真っ黒な海は怖いのと同時にたまらないほど美しかった。
彼女は砂浜まで走っていくと靴を脱ぎ捨てて波打ち際に立つ。




ねえ志摩、水がとても冷たい。
もうすぐ冬やもんなぁ。
わかってるわ。早く来なさいよ。
ちょっと待ってなー。
はやく!

彼女と会話が同調する。
海は俺らを受け入れるのを拒まないのだろうか。いやそこには感情などないのだから拒むはずないのか、まあいいや。




つかれたなあ。



三歩歩いて出雲に近寄るとふいにキスを仕掛けてみた。足にあたる波は冷たく、優しい。
絡まる舌。波の音。
一度顔を離すと彼女は泣いていた。


ありがとう、愛してる。誰よりも出雲が好きや。


彼女は俺の言葉を聞くと更に泣き出した。
知ってるわ、今更よ、大好き。
彼女の小さな返答も聞かずにキスをしてやった。




ああねえもうどうしようか。

さよならには早すぎるんかなあ。






俺が彼女の脇腹にナイフを刺すのと同時に彼女の握ったナイフが俺の胸を貫いた。


血があったかい。と彼女は笑う。からだかどんどん冷えていって意識もとおくなっていく。
あともう少し。
手を繋いで後は海に入るだけ。


俺らの心中のはじまり。
人生の終わり。
もうつかれたね。
ばいばい愛してる。




あなたと呼吸するのが待ち遠しい。