深海保健室


 深海保健室。それは深海のお魚さんたちの怪我や病気を治すための小さな病院です。10本の足を持つ軟体動物であるイカ先生は、その深海保健室に勤務するお医者さんです。イカ先生の白い体は白衣を纏った地上のお医者さんのようで、先生自身も自分の容姿がとても気に入っていました。
「さて、今日も1日がんばるとするか。」
 日の光も届かぬ深海の保健室で、イカ先生はコーヒーの最後の一口を飲み干しました。
「失礼します、イカ先生。」
「先生、先生。痛いの、治して」
「おやおや、タツノオトシゴ君とお母さんじゃないか。一体どうしたんだい?」
 朝一番に深海保健室にやってきたのは、小さなタツノオトシゴの子供とそのお母さんでした。タツノオトシゴの子供はぴいぴいと泣いていて、困った様子のお母さんが口を開きました。
「先生、この子昨日の夜からお腹が痛いってずっと泣いているんです。」
「ふむ…。」
「本当は、昨夜すぐにでも先生のところに連れて行きたかったのですが、夜はサメたちが活発に泳いでいるでしょう?」
 元気なく泣く子供の頭を優しく撫でるお母さんはしょぼんと目を伏せます。最近ここいらにもギャングであるサメの集団が出没するようになったことを、イカ先生は当然知っていました。
「そうだね…。息子さん、下痢はしていましたかね?」
「、えぇ、昨夜…少し。」
「ふむふむ…ちなみに、昨日の夕食は何を?」
「いつも通り、A地区のプランクトンを。」
「…やっぱりね。昨日の夜のA地区は、人間が捨てたゴミの影響で、バイ菌の入ったプランクトンがいたんですよ。」
「えっ!?そうだったんですか?でも私も夫も何ともなかったですけど…。」
「子供の免疫力の弱さをなめてはいけませんぞ、お母さん。とりあえず腹痛に効く薬を出しておくので、それを2週間飲ませてください。それでも痛みが引かないようなら、また来てください。」
「はい。先生、ありがとうございました。」
 ペコリと頭を下げたタツノオトシゴのお母さんと子供は、お薬をもらって保健室を出ていきました。
 先生が一息つく暇もなく、次の患者さんがやってきました。
「失礼、イカ先生はいるかね。」
「おお、これはこれは。キンメダイの旦那ではありませんか。」
 ずんぐりとした体にぴかぴかの金色の鱗を持つキンメダイは、ここいらでも有名な富豪です。低い声を纏わせて保健室へ入ってきたキンメダイは、さっそく症状を訴えだしました。
「イカ先生、実は今朝から気分が悪くてね。気持ち悪いというか何というか…。とにかく診てくれ。」
「気持ちが悪い、ですか。…もしかして、B地区のプランクトンをお食べになりましたか?」
「…あぁ、朝食はB地区のプランクトンをいつものように一口で…。それがどうした?」
「B地区は今朝から赤潮の影響によってプランクトンが大量発生しているんです。いつものように一口で、と言われましたし、食べ過ぎによる消化不良かと。」
「そうだったのか…。薬は前にもらった胃腸の薬でいいのかな?」
「えぇ、そうですね。」
 納得するように何度も頷いたキンメダイは、以前診察に訪れた際もらったお薬を服用する、という対処法を提案し帰っていきました。
 さて、今日もそろそろお仕舞いにしようか――イカ先生がキンメダイのカルテを机に置いた時、ガラッと勢いよく保健室のドアが開きました。
「イカ先生っ!助けて下さいましっ!娘がっ…娘がっ!!」
「マダム・クマノミ?どうしました?」
「先生っ大変なんですのっ!娘の背中に釣り針が刺さって、血が…!!」
 見ると、マダム・クマノミに背負われた小さなクマノミがぐったりとしています。その小さな背中からは止むことなく血がどくどくと流れていました。
「! すぐにオペを行います、娘さんをこちらへ!」
「おっお願いしますわ!」
 イカ先生は大急ぎでオペの準備を始めました。目の前で失われようとしている尊い命を救おうと、先生の心は燃え上がります。
「(“釣り針に刺さった重傷患者”は今月に入って10人目か…。)」
 イカ先生はいつも憎むのです。お魚さんたちの病気や怪我の元凶――人間を。


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