ーーー誘拐後からの数日。
私は変わらず喫茶うずまきで仕事をしていた。
変わったことと言えば幾分か自分の気持ちがスッキリしたことだ。
やっぱり誰かに話してスッキリさせたかったのかもしれない。
ーーーそれが悪用されたとしても。
でもあの4人は悪用なんて真似しないと思う。
だから信じて私は話した。
悪用された時はその時だ。
壁にめり込ます、と考えながら喫茶うずまきでの仕事は始まった。
*
いつも通りの客、新規の客、色々と人が来ては去っていった。
そして終業時間。
時刻は午後18時を指していた。
ロッカーに行き着替え、お疲れ様でしたー、と先輩達と挨拶を交わし駐車場に停めてある車まで向かおうと店を出た時だった。
そこには包帯を巻いたあの人が笑顔で手を挙げながら居た。
私はサッと携帯を取り出し警察に連絡した。
「もしもし、警察ですか?すいません、今店の前に見知らぬ男の人がいて…」
早く来てください、と言おうとした瞬間私の携帯は目の前の包帯男に取られていた。
「あ、ちょっと、返してください!」
「人の顔を見るなりいきなり通報とは…生まれて初めてだよ」
「だって私の仕事終わりの時間を知らない人があたかも知ったように店の入口にいて私を待ってるんです。もちろん通報物ですすぐに」
「酷いなぁ。志那ちゃんとはあんなことやこんなこと…ああそいや情熱的なあんな夜…ああめくるめく色んな日々を過ごしたというのに私を忘れてしまったんだね…」
「ちょっ、やめてください!ここいくら夜だからといって人通りが無いわけじゃないんですよ!?嘘はやめてください!」
さっきから通行人の人の目が痛い。
コソコソと話されてるのが痛い。
「この前はあんなに綺麗に泣いてくれたの「あああああわかりましたわかりました私が悪かったです太宰さん!さてご要件はなんでしょうか!?」
と言い腕を引っ張るのも忘れない。
ここで嘘を言われ続けたら私の仕事生命に関わる。
「んふふー、実はね志那ちゃんとご飯に行きたいと思っていてね?」
「外食は無駄な出費なので極力避けていて、それに私今日車なので。太宰さんとご飯と言ったらお酒飲まされそうですし謹んでお断り申し上げます」
「私の奢りだよ?それに車なら1日ぐらい駐車場に止めておいても問題ないとオーナーが」
(いつオーナーに確認したし…)
というツッコミをグッと堪えでも私の心は奢りという言葉に揺らめいていた。
ーーー奢り、タダ飯、タダ。
それは私が最も好きな言葉である。
極力お金は使いたくないし自分で言うのもなんだが私はケチだ。
お金はあって困るものでは無い、寧ろ貯めておいた方があとに何かと役に立つ。
でも相手はあの太宰さんだ。
何を要求されるかわからない。
「…望みはなんですか」
「えー?ただ可愛い可愛い志那ちゃんとご飯に行きたいから誘っただけだよー?」
「太宰さんがそういう時は絶対になにか裏があります。自分が得する時にしか言いません」
「えー?そんなに私を疑うのかい?そんなに信憑性ない?」
「はい、全く」
「んー…そこまで見抜いてるなら言うけどね、ちょっとしたお願いがあるんだよ」
(ほらやっぱり)
「ただ、私のことも下の名前で呼んで欲しいだけなんだよ」
「下の名前…治、さん、ですか?」
「さん付けなどなくて治、って呼んで欲しいのだよ」
「えっ」
(めちゃめちゃハードル高くないですか?)
仮に自分が太宰さんのことを治、と呼ぶところを想像してみよう。
……うん、鳥肌が立った。
「実はね、今日はヨコハマで有名な生パスタの専門店フィットチーネに行こうと思ってるんだけどなぁ」
「えっ、あのお値段の割には凄くボリュームがあり高級感もなくだがいつも人いっぱいで混んでいるあのお店ですか!?」
「んふふー、そうだよ?しかも予約もしといた」
「予約まで!?1ヶ月以上待ちと言われてるあのお店の!?」
「まぁ、そこは色々、ね」
「わかりました、行きましょう治!フィットチーネ!生パスタ!キノコのカルボナーラ!」
私は自分でも思う。
物凄く単純だと。