08




「それで、お兄ちゃんには会えました?」

人気のない踊場に場所を移し、本題に入る。
渚が待ってましたと言わんばかりに、感情の赴くまま、身振り手振りを交えて語りだした。

「それがさー、聞いてよ! 凛ちゃんったらひどいんだよ!?」

どうやらスイミングクラブの時と同じように、渚と真琴は相手もしてもらえず、また遙に勝負を持ちかけたらしい。
鬱憤を晴らすかのような勢いで語り尽くす彼には、本当に不服だったのだろう。

「コウちゃんは、凛から何か聞いてないの?」

真琴の問いに、困惑した顔で江が首を横に振る。

「メールもケータイも返信ないし、寮に電話しても出てくれないし……」
「凛ちゃん、なんであんな変わっちゃったんだろう……オーストラリアで何かあったの?」
「分からないんです。でも、皆さんと再会すれば何かわかるかもって」
「あ、ひょっとして……スイミングクラブに凛が現れたのは、コウちゃんの仕業?」
「へっ!?」

真琴が核心を突き、滴はぎょっとして江を見る。
狼狽える姿を見ると、どうやら図星らしい。

「しっ、仕業っていうか……悪気はなかったんですけど、たまたま聞いちゃったからメールで教えてあげただけ。でも、反応がなくて」
「それで昨日、ハルの家に来てたのか」
「はい、何か聞けると思って」

滴の知らない間に、江は様々なところで行動を起こしていたらしい。
しかし、結局のところは何もわからず終い。
凛本人に当たっても、恐らくはまた相手にしてもらえないだろう。

「そうだ! いい事思いついた!」

成す術なく行き詰まっていると、渚が閃きの声をあげた。

「水泳部! つくろうよ! そしたら試合で凛ちゃんに会えると思わない?」
「いや、でもハルがなんて言うか…」

突発的な発案に、真琴が言葉を濁す。
しかし渚には諦める気など毛頭なく、早速、遙の承諾を求めに向かうことになった。
滴は家のことがあるからと、ここで別れることになったが。



後日、遂に水泳部の設立が承認されたことが、渚の口から伝えられた。
素直に祝福したいところだが、まだ設立は決定ではないらしい。
部員をもうひとり揃えることと、使われていないプールの改修――これらの条件を達しなければ、水泳部は誕生しない。
そこで、渚は駄目元で滴に縋ってきた。

「ねえ、しずちゃん。やっぱり部員になる気は」
「ないからね」
「うわーん! いいじゃん、たまにでも! 全部出席にしとくからさぁ!」
「いや、それはさすがにだめでしょ」

真面目に頑張っている人にあまりに申し訳ないことこの上ない発言だったので、きっぱり撥ね退けておいた。
しかしながら、このまま見捨てるにはあまりに可哀想である。

「あたしも周りに声かけてみるからさ。勧誘頑張りなよ」
「しずちゃん……ありがとう! 頑張るよ!」

渚は感激して、意気込んでみせた。



しかし、プールの修理が着々と進む一方、勧誘は一向に成功しない様子。
滴も何人か当たってみたが、既に部活に入っていたり、断られるばかりで、全滅してしまった。
勧誘ポスターも、功を成さず。

「ねぇ、君! 水泳部に入らない?」

廊下で今も一生懸命に勧誘活動を行っている渚だが、やはり断られてしまう。
それでもめげることなく、行く人々に声をかけ続けるその姿は、実に健気であった。

「今、入部すればもれなくこの岩鳶町のマスコットキャラ、イワトビちゃんが一年分ついてくるよ!」

少々、勧誘の仕方に問題がある気もするのだが。
おかげで見事に渚を避けるように、人気がなくなってしまった。
とうとう渚の心は折れてしまい、廊下の中心で嘆き叫ぶ。

「なんでー!?」
「まずそのイワトビちゃん、やめよっか」

むしろ何故、それで釣れると思ったのか。
滴は横から満面の笑みでアドバイスしてやった。



更に数日後。
とうとうプールの修理が完成し、そして江がマネージャーとして入部したらしく、これで部員数も達して、晴れて水泳部が誕生した。
結局、滴は江と一緒に差し入れを買うことしかできなかったが、これからはできる限り力になろうと密かに意気込んでいた。
そして凛が鮫柄学園の水泳部に入ったとの情報が入り、昔のようにリレーで大会に出たいと強く希望する渚だったが、ここにきてある壁に直面する。
リレーに出るにはあとひとり、男子部員を勧誘する必要があるのだ。

「あぁ、だから……」

滴は職員室前に立っている遙を見やる。
どうやら水泳部の勧誘に励んでいるようなのだが。

「これやるから水泳部に入れ」

そんな勧誘で、イワトビちゃんストラップで、本当に釣れるとでも思っているのだろうか。
案の定、断られてしまい、呆然と立ち尽くしている。

「あちゃー」
「ダメだぁ……あれが今のハルの精一杯」
「ハルちゃんどんまい!」
「あの、本当に勧誘する気あります?」

遠巻きに見守っていた真琴たちが悔しがっているが、少しでも希望を持てていたのだろうかと甚だ疑問だった。

「でも、意外ですね。遙先輩から動くなんて」
「実は部費で屋内プールを使わせてもらえないかって話になったんだけど、天方先生にそんな部費は出せないって言われちゃってさ。でも、大会で記録を出したら部費が上がるかもしれないって話になって……」
「やっぱり、人が足りないって話ですか」
「そういうこと。それでハルがやる気になったんだ」
「なるほど」

結局、遙は水のために動いているのだと、滴は心底納得した。
しかしながら道のりは果てしなく長そうに思えて、少し水泳部の今後が心配になったのであった。


 

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