07




朝も、昼も、夕方も、適当に理由を付けて江を避けてしまった。
仲直りを望んでくれている彼女に、それが絶望的であることを伝える勇気がなかったのだ。
空元気さえ残っておらず、学校では渚に、家でも父に心配される始末。
覚悟はしていたはずだった。
しかし、いざ現実として目の当たりにすると情けなくも、こうもショックに打ちのめされてしまうとは。
それだけ凛という存在は大きかったのだ。
翌日も、江と待ち合わせするより早く家を出て、登校した。
メールではきちんと断りを入れておいたので、問題はないはず……恐らくは。
渚も気を遣ってくれているのか、必要以上には関わってこなくなった。
滴にとっては大変ありがたいことではあるが、いつもと違って賑やかさが足りず、少し寂しくも思った。

「滴ちゃん、大丈夫?」
「具合悪いなら休んだ方が……」
「だ……大丈夫……」

クラスで仲良くしてくれている女の子たちも、只事ではない滴の様子を見かねて声をかけてくれて、申し訳なく思う。
さすがにいつまでもこうしていられないと思い立ち、放課後、滴は江のいる教室を訪れた。
すると、憤怒している江が待ち構えており、恐怖を感じて一歩後退った。

「滴ー? どういうことか、ちゃーんと説明してくれるよね?」
「なっ、何のことかなーっ?」
「とぼけたってむーだー! 渚くんたちから聞いたんだから!」
「ひぃっ!」

差し迫ってくる江に、怯み上がる。
こうなってはもう逃げられないと、観念して大人しく先日の出来事を白状した。
それにしても、いつの間に渚たちと会っていたのか。
凛との関係も彼らに知られてしまったらしく、ますます絶望した。
そして、後ろめたく隠していたことも、江にこっぴどく叱られてしまう。

「もう、次からは隠すのなしだからね! 絶対!」
「はい……わかりました……」

ぐったりと肩を落とし、江には逆らえないと思い知るばかりであった。
すっかり落ち込んでいる傍で、一息吐いた江が時計を見る。

「そろそろあっちの呼び出しも終わった頃かな」
「あっち?」
「渚くんたち。さっき、呼び出されてたでしょ?」
「あぁ」

そういえば、そんな放送がさっきかかっていたっけ、と思い出す。
二日連続で職員室に呼び出される生徒も、なかなか珍しい。

「今度は何やったの、あの人たち」
「お兄ちゃんに会いに行ったの。鮫柄学園に」
「えっ」

どうやら昨日の放課後、江は遙の家を訪れ、彼らに凛が鮫柄学園に通っていることを教えたのだという。
そこで、滴のことも互いに情報交換したらしい。
ただ、彼らはまたもや勝手に侵入した上に、鮫柄学園の室内プールで勝手に泳いでしまったようで、向こうの学校からこちらに通報され、今に至る。

「これから先輩たちにお兄ちゃんのこと、聞きに行こうと思って。滴も行く?」
「いやー、あたしは……」

まだ凛のことを知るのが怖くて、遠慮しようと思ったのだが。
江の視線が、痛々しく突き刺さる。

「……い、行きます」
「よし、行こう!」

江にぐいぐい腕を引かれ、半強制的に職員室に向かわされた。
人通りがまばらな廊下を歩いていると、向こう側から説教を終えたらしい渚たちの姿が見えた。
二日連続の説教がなかなか堪えている様子で、ぐったりしている。
ただし、遙の姿はそこにはなかった。

「あ、江ちゃん! しずちゃん!」

渚がこちらに気付き、声をかけてきた。
すると、江の顔が不満げに歪む。

「だから、『ゴウ』じゃなくて『コウ』って呼んで!」
「どっちでも良くない?」

相変わらず、江は自分の名前に不満を持っているらしい。
かの有名な歴史的人物と同じ名前なのだから、誇ってもいいと思うのだが。
滴も昔は散々注文を付けられたが、向こうも慣れたのか、諦めたのか、何も言わなくなった。
江と渚の不毛な応酬を横目で眺め、呆れて軽く息を吐く。

「なーにやってんだか」
「しずちゃん、もう大丈夫なの?」
「大丈夫……じゃないけど、いつまでもヘコんでられないんで」
「そっか。くれぐれも無理はしないでね」
「はい」

真琴にも心配をかけてしまっていたらしい。
やはり罪悪感を抱きながら、苦く笑って応えてみせる。

「そういえば、しずちゃんが言ってた『知り合い』って、凛のことだったんだね」
「あ……はい」

核心を突く言葉に、どきりと肝が浮く。
本当に知られてしまったのだと実感して、居心地が悪くなる。
だが、そんな滴の気持ちに反して、真琴は優しく微笑みかけてくれる。

「言ってくれればよかったのに」
「言えませんよ。あんな情けない話」
「情けなくなんかないよ。それだけ凛のことが大好きだったんだろ?」

こうもダイレクトに言葉にされると少し照れくさくて、思わずぎょっと目を見開いてしまった。
だけど本当のことではあるので、一拍遅れて素直に頷く。

「それに、本当は凛のこと、応援したかったんだよね?」
「……はい」
「しずちゃんの気持ち、きっといつか凛にも伝わると思うよ。ううん、伝えよう」
「真琴先輩……ありがとう、ございます」

彼の優しさがじんわりと不安定な心に沁みて、目頭が熱くなった。
溢れそうな涙をぐっと堪え、しかし脳裏に浮かぶのは敵意の眼差しを向ける凛だった。



 

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