06




真夜中のスイミングクラブで、とうとう凛と再会してしまった。
……かと思えば、突然の勝負に勇んで服を脱ぎ捨てて水着姿になる遙と凛。
何故、服の下に水着を着用していたのかという疑問はさておき、ふたりは準備運動もそこそこに、いざ勝負に入ろうとしたのだが。
そもそも廃墟になっているスイミングクラブのプールに、水が入っているわけがなかった。

「だからやめとけって言ったのに……」
「チッ。つまんね」

興冷めした凛は、先程脱ぎ捨てた服を拾い上げて羽織る。

「そういやお前ら、コレ見つけに来たんだろ?」

ここに来た目的であるトロフィーが、凛の手にあった。

「あっ、トロフィー!」
「俺はもう、いらねぇから……こんなもん」

トロフィーが凛の手をすり抜け、無情にも音を立てて床に落ちた。
先程、写真で見た無邪気な笑顔とはかけ離れた、冷たい眼差しが淡々とそれを見下ろす。

「なんで……」

床に転がったトロフィーを呆然と見つめながら、滴の口から小さく漏れる。
凛はあれを獲るために、わざわざ岩鳶小学校に転校してまで、遥たちに会いに行ったのではなかったのか。
声が耳に届いたのか、立ち去ろうとした凛が立ち止まった。

「……なんでお前がここにいるんだよ」

彼が振り返り、目が合った。
彼の瞳は切なげに細められ、真っ直ぐに滴を捉えている。
目を逸らすことができず、じっと見つめ合う。
体が金縛りにあったかのように硬直して、動けない。

「え、何、どういうこと?」
「ふたり、知り合いだったのっ?」

渚と真琴の戸惑いの声が聞こえてくるが、様々な思いが込み上げて、反応することもできない。
凛がゆっくりと、一歩、一歩、こちらへ距離を縮めていく。

「なんでお前が、こいつらと一緒にいるんだ」

埋められていく距離とは反して、凛の声に、瞳に、怒りが募っていく。
そして、すっかり背の高くなった彼は目の前に立つと、こちらを鋭く睨み、声を荒げた。

「俺のことは拒絶したくせに、なんでこいつらと一緒なんだって聞いてんだよ!」
「うっ……!?」

胸ぐらを強く掴まれ、苦しさに呻き声が漏れた。

「凛ちゃん!?」
「凛、何やってるんだ!」

渚と真琴から飛び交う制止の声。
しかし、凛は聞く耳持たず、滴に掴みかかったまま離そうとしない。
怖い――滴は心の底から怯え、必死に震えを抑える。

「凛、やめろ」

とうとう見かねた遙が少々鋭く制すと、凛は小さく舌打ちし、乱暴に胸ぐらを離した。
ようやく解放された滴には立てるだけの力も残っておらず、その場で座り込んでしまう。

「しずちゃん!」

渚がこちらへ駆け出すと共に、凛の足が動き出す。
凛が、行ってしまう。
滴は咄嗟に振り返り、必死に呼びかける。

「待って! 凛お兄ちゃん!」

しかし、こちらに向いた凛の眼差しは敵意に満ち溢れていて。

「二度とそんな呼び方するんじゃねぇ」

冷たく、鋭く。
滴の胸に傷を刻んで、彼は前を向いて立ち去ってしまった。
すっかり変わり果ててしまった彼に、とてつもなく距離を感じて、ふたりの関係は修復不可能なくらいに粉々で。
駆け寄る渚たちが声をかけてくれている間も、滴はずっと放心状態になっていた。


それからのことは、曖昧にしか覚えていない。
放心状態のまま家に帰れば、先に帰宅していた父に、珍しく連絡もせずに夜遅くまで外出していたので、心配されると共に軽く叱られてしまった。
キッチンには出来ないなりに頑張った痕跡が残っており、何だか申し訳なくなった。
そういえば昼にお弁当を食べて以来、何も口にしていなかったが食欲はなく、そのまま父の分の後片付けに取りかかったのであった。
今は、何もかもがどうでもいい。


翌朝。
とてつもない悲壮感と不穏な空気を漂わせ、滴は机に突っ伏していた。

「しずちゃん……大丈夫?」

負のオーラを放つその姿に渚は恐る恐る声をかけるが、返事はない。
昨日、凛と会ってからずっとこんな調子だ。
いくら話しかけても彼女は茫然自失で、何も返ってこない。
まさかふたりが知り合いだったとは。
滴はもちろん、滴を見た時の凛もただならぬ様子だった。
一体、ふたりはどういう関係なのだろう。
今の彼女に聞いたところで、無駄ということはわかりきっている。
困り果てた渚は、小さく肩を竦めた。


放課後、職員室に呼び出された渚たち。
勝手にスイミングクラブに侵入したことを学校に知られていたらしく、みっちり説教を受ける羽目になってしまった。
とはいえ、遙は上手い具合に逃げたので、ここにはいない。
滴も呼び出されていたのだが、あの状態で説教までされるのは酷だったので、体調が悪いからと言い訳しておいてやった。
ようやく説教から解放された渚と真琴は、ぐったりと襲いかかる疲労を感じながら職員室を後にした。
真琴のクラスの担任である天方が介入してこなければ、もっと長引いていただろう。

「あ、そういえば……しずちゃんの様子はどう?」
「朝から変わってないよ。相当落ち込んでるみたい。話を聞ける状態じゃないよ」
「そっか……しばらくはそっとしておいてあげた方がいいかもな」

真琴は苦笑した。
確かに、滴がある程度まで立ち直ってくれないと、先には進めそうにない。
渚たちはひとまず、下足室へと場所を移すことにした。
『松岡凛』の名前を探すために。


 

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