05




放課後、渚に連れられて遙の家を訪れた後、向かった先は岩鳶スイミングクラブだった。
彼らが小学校の頃に通っていた場所だ。
ここに、凛たちが小学六年生の時に獲った大会の優勝トロフィーが埋められ、眠っているのだという。
それを提案したのは、今はここにいない凛だったらしい。

「結構……荒れてるね……」

生えっぱなしの雑草、色褪せ、ところどころに罅の入った壁。
その外観はまさに廃墟である。
いかにも心霊現象でも起きそうな雰囲気だが、渚曰く、本当にそういった噂があるらしく、用意周到な彼は清めの塩を持ってきていた。
……が、塩と信じてかけられたそれは、ただの砂糖だった。
古典的かつ致命的なミスを犯した当の本人は、すっかり開き直り、建物の中を懐中電灯で照らしている。

「肝試しとか聞いてないんですけど」
「いや、肝試ししにきたわけじゃないからね!?」

こういった類いのものが大の苦手な滴は、情けなく声を震わせてぼやく。
どうやら真琴も同類らしく、大きな体を震わせて縮こまっていた。
中は外観ほど荒れてはいないが、やはり薄暗く、不気味で冷たい空気が流れている。

――不意に、激しい物音が大きく響き渡った。

急激に心臓が縮み上がるのと同時に、滴と真琴が悲鳴をあげる。

「あ……空き缶蹴飛ばしちゃったぁ」
「なぁ〜ぎぃ〜さぁ〜!!」
「お前、わざとやってるだろぉぉっ!」

まったく、心臓に悪い。
実は滴が今にも腰を抜かして座り込みそうな心境であるのを、傍にいる彼等は知らない。
渚の質の悪いジョークに振り回されているうちに、一行はある部屋に辿り着いた。

「あ、ここ……」
「休憩室だ」

たくさんの写真やトロフィーが飾られているその部屋には、幼き日の彼らの写真もあった。
遙は相変わらず感情を映さぬ瞳で写真を見つめているが、後のふたりは懐古の笑みを浮かべていた。

「へえ、これが小学校の時の渚?」
「そうだよ。で、これがマコちゃんで、これがハルちゃん。それから、これが凛ちゃんだよ」

渚の指先には、屈託なく笑う凛の姿があり、ドキリと胸が騒いだ。
間違いなく、滴の大好きだった凛であった。
懐かしい姿に目を逸らせずにいる傍らで、真琴たちが当時のことを懐かしんでいるが、滴の耳には入ってこない。
もしもあの時、凛を素直に応援できていたら、彼らの中にもすんなりと入れたのだろうか。
なんとなく罪悪感が過り、胸がほのかに痛みを帯びた。
まだぼんやりと写真を見つめていた遙を真琴が促し、一行は先へ進む。

「目印ちゃんと残ってるかなぁ」
「もうちょっと急ごうよぉっ……!」

しかしそんな矢先、暗闇の中に蠢く人影と、足音が一行に近付く。
とうとう出てしまったのかと、滴と真琴が怯み上がる。

「真琴、大丈夫だ」

遙だけは冷静に前を見据えていた。
どうやら、彼には影の正体がわかっているらしい。

「よぉ」

暗闇から、男の声が聞こえる。
騒ぐ渚と真琴を余所に、影が次第にはっきりと姿を現す。

「まさかここでお前たちと会っちまうとはな」

闇の中でぼんやりと見える赤、そして、キャップの後ろをぐいっと引っ張り上げる影。
特徴的な動作から、連想されるのはひとりの男だった。

「あぁっ!」

息を呑む滴、そして驚きの声をあげる渚と真琴。

「凛!?」
「凛ちゃん!?」

凛がオーストラリアから帰国していることは、江から聞いて知っていた。
彼は今、水泳部の強豪校である鮫柄学園に通っている。
だから怖かったのだ、渚たちと関わるのが。
こうして、凛と顔を合わせる時が来るのではないかと思っていたから。
凛も滴の存在に気付いたらしく、一瞬、顔を強ばらせた。

「滴っ……?」
「オーストラリアから帰ってきたんだぁ!」

確かに彼は名前を呼んだが、嬉々とした渚の声に掻き消されてしまった。

「でもどうしてここに……」
「きっと、これって運命だよ! 目に見えない不思議な力が、今夜この時間に僕たちをこの場所に集め」
「ハル」

しかし、四年ぶりの再会を喜ぶ渚のことなど気にも留めず、彼の真っ直ぐな視線の先には遙しかいなかった。

「お前、まだこんな奴らとつるんでたのか。ハッ、進歩しねぇな」
「え……」
「何言ってんだ、凛?」

冷たく、刺々しい凛の言葉に、動揺を隠せない。
写真に写っていた彼は、あんなにも純真な笑顔を見せていたのに。
目の前の彼には、そんな面影はない。
一方、遙は動じることなく、何食わぬ顔で挑発的な言葉を返す。

「そういうお前はどうなんだよ。ちょっとは進歩したのか?」
「ちょうどいい、確かめてみるか。勝負しようぜハル」
「勝負って……ハル!?」

闘争心に火がついた凛と遙は、プールのある方へと駆け出していってしまった。

「僕たち、置いてきぼり?」
「待ってよぉ〜!」

あまりの急展開に、残された真琴と渚が大慌てで後を追った。
滴も一緒に行こうとしたが、先程の凛の態度を思い出し、躊躇して足が止まる。
彼の瞳に、自分はどんな風に映ったのだろう。
江の言うように、例のことなど気にせず昔と同じように見てくれただろうか。
それとも――
悪い考えを振り払い、意を決して彼らの後を追った。


 

◇戻る◇

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -