03




淡く儚い桜の花びらが視界を彩る季節、滴は晴れて江と共に岩鳶高校に入学した。
残念ながらクラスは離れてしまったが、それでも登下校は一緒だし、これまでと大して付き合いは変わらないだろう。
それに早速、クラスでも友達ができた。

「あの時のリレー、見てたのっ?」
「知り合いが出てたから、応援にね。渚のことも、何となくだけど覚えてるよ」

葉月渚。
男ながら、女の子のように愛らしい容姿や仕草が印象的で、記憶にも残っていた。
凛が小学校六年生の時に、一緒にメドレーリレーの大会で泳いでいた男の子だ。
滴の言う『知り合い』が彼のチームメイトだったことは、何となく気まずくて言えなかったが。
まさか、凛と関わりの深い人物とこんなところで出逢ってしまうとは。
内心でひやひやしつつ、自身の席で頬杖を突きながら、嬉々として語る彼の話に耳を傾けていた。

「僕、またハルちゃんたちと一緒に泳ぎたくて、ここに入ったんだ!」

それにしてもやっぱり、水泳男子は水泳のことになるといきいきとした表情になるものなんだなぁ、と渚を眺めて思う。
思い出すのは、幼き日に見た凛のきらきらした笑顔だった。
不意に感傷的な気分になってきたので、慌てて逃げるように頭の中から振り払った。

「でもさ、この学校に水泳部なんてあったっけ?」

眉を寄せて視線を宙に彷徨わせ、うーんと首を捻る。
先程、散々にいろんな部からの熱い勧誘を受けたわけだが、水泳部の存在なんて記憶にない。
しかし、渚はあっけらかんと、それが当然のことであるかのように笑ってみせた。

「水泳部くらい、あるでしょ! ハルちゃんたちだっているんだし」
「そう、だといいね……」

彼の言う『ハルちゃん』への信頼が多大なるものであることは、ひしひしと感じられる。
そもそも大会で共に優勝した仲間なのだから、それだけ絆も深いということだろう。
凛もその中にいたのかと思うと、微笑ましくて、その反面でちょっぴり不思議な切なさがあった。
でも今はそんなことよりも、どうか渚の期待が崩れ去ってしまわないようにと、ささやかながら願っておくことにした。



が、そんな願いも三日も経たないうちに、呆気なく無駄なものになってしまったらしい。

「まさか、水泳部がなかったなんてー!」

嘆く渚を目の前に、さすがに「ほら、やっぱり」などという言葉は口には出せなかった。
しかし、そんな気遣いは不要だったようだ。
葉月渚という男は根っからのポジティブ思考らしく、立ち直るのも早かった。

「でも、僕たちで水泳部作ることにしたから!」
「え、作っちゃうのっ?」
「うん! ハルちゃんもいいよって言ってくれたし」

楽しそうに語る彼の、行動力と決断力には感心さえしてしまう。

「へえ……一から作るのって大変そうだけど、頑張ってね。応援してるよ」
「ありがとう! あ、何ならしずちゃんも入る?」
「いや、あたしはいい! 泳げないし」

あまりにも唐突な誘いに、慌てて首を横に振る。
泳げないというのも事実だが、凛と関係の深い彼らと関わるのがちょっぴり怖かったりする、というのが本音だった。
しかし、そのような事情など当然ながら知らない渚は、尚も食い下がる。

「泳げなくても、ほら、マネージャーとか!」
「いや〜、家のこととかもあるし、ちょっと厳しいかなっ! うち、お父さんしかいないから」
「そうなの?」
「うん。小さい頃にお母さんが病気で亡くなってさ。お父さんも仕事で忙しいし、家事なんてできやしないから、家のことはほとんどあたしがやってんの」
「そうだったんだ……」

必死に説得していくうちに、渚の声のトーンが下がっていく。
本当に無理だとわかって落ち込んだか、もしくは少し気を遣わせてしまったか。
急に大人しくされると、どうも調子が狂ってしまう。

「ま、まあ、マネージャーは無理だけど、時間ある日は差し入れ持って行くし。手伝えることがあったら手伝うからさ」
「ホント!?」

きらりと、渚の目が輝いた。
本当にくるくると表情が変わる男である。
ともかく彼の機嫌が良くなったことに安堵していると、再びとんでもない展開が訪れることになる。

「それじゃあ、しずちゃんのこと、ハルちゃんとマコちゃんにも紹介しなくちゃ!」
「えっ?」

一瞬、固まる。
あまりにも唐突な発案に、思考が追い付かなかったではないか。

「部員じゃなくても、しずちゃんは水泳部の関係者になるんだから」
「あ、いや、それはっ」
「そうと決まれば、次の授業が終わったら会いに行こう!」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

暴走列車のように強引に突き進んでいく渚を、慌てて引き止めようと試みる。
これ以上、凛の関係者と関わるなんてあまりにも気まずい。
しかし、滴には猪突猛進な渚を止める術など持ち合わせてはいない。

「ひょっとして、次の休み時間は都合悪かった?」
「そういうわけじゃないけどっ」
「じゃあ決まりだねっ!」
「いや、あの……!」

すっかり置いてきぼりを喰らい、断るための言い訳さえ思い付かず。
やり場のない焦りともどかしさを、ぐっと呑み込んで。

「なーんでこうなるかなぁ」

鬱憤を深い溜息と共に大きく吐き出し、頭を抱えて項垂れた。


 

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