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鮫柄学園には初めて訪れたわけだが、大きく立派に構える校舎を目の前に圧倒され、少しばかり尻込みしてしまいそうになる。
強豪校というくらいであるし、この規模だと設備も充実しているのだろう。
凛はこんなところに通っているのか。
ほんのりとまた彼との距離を感じているところで、滴の前で鮫柄学園の校舎を真っ直ぐに見据えていた怜が振り返った。
滴は慌てて我に返る。
今は感傷に浸っている場合ではない。
いよいよこれから殴り込みに行くのだ、凛の下へ。
これまでずっと逃げていたが、彼と向き合う覚悟はもうできている。
震える手をぎゅっと握りしめ、力強く前を見据える。

「瀬良さん。あなたはここで待っていてください」
「えっ……はっ?」

固めた決意を突き崩したのは、徐に口を開く怜の思いもよらぬ一言だった。
思わず素っ頓狂な声を発してしまったが、拍子抜けさせる言葉を放った本人は至って真剣であった。

「何言ってんの、あんた。ここまで連れて来ておいて、今更何っ?」
「連れて来たって、あなたが勝手について来ただけじゃないですか……いいですか、ここは男子校ですよ? 許可もなく瀬良さんが入るのはさすがにまずいでしょう」

呆れ口調で述べられたのは妙に癪に障ったが、彼の言い分は尤もである。
言い返す言葉もなく、顔を顰めて唸る。
そして、とうとう諦めて項垂れると共に溜息を一つ。

「わかったよ。ここで待ってる……けど、頼むから無茶しないでよ」
「努力します」
「なっ、努力って……! ちょっと!」

不安の過る返答に、慌てて呼び止めるも、彼は前を向いて敷地内に足を踏み入れてしまった。
校門を潜る真っ直ぐ伸びた背を見送りながら、再び深い溜息を漏らす。

「本当に大丈夫かなぁ」

もやもやと胸に蟠る不安を抱え、大人しく門の傍で待つことにした。
それにしても、他校の前で一人でいるというのも、なかなか居心地が悪いものである。
不審者と間違えて声をかけられたらどうしよう。
そわそわと辺りを見回しながら、その場に立ち続ける。
放課後だというのにまだ人通りが少ないのは、やはり部活に精を出している生徒が多いせいだろうか。
そんなことを考えながら、ふと携帯を見る。
江からいくつか着信があったらしい。
同時にメールも届いていたので開いて見てみると、どうやら怜を探している様子だった。
まさか江たちも、今、自分たちが鮫柄学園に来ているだなんて思ってもいないだろう。
そしてあの怜がわざわざ何も言わず、こうしてここに来たのだ。

「よし、見なかったことにしよう」

少々悩んだ挙句、携帯をそっと鞄の中にしまった。
恐らく心配しているであろう江たちには悪いが、黙っておいてやることにした。
そうしてまた手持無沙汰になったわけだが、こうしてじっと待っているというのもつらいものである。
無事に凛と会えただろうか。
物騒な喧嘩にでもなっていないだろうか。
やはりどうしても気になって、そっと校門の中を覗く。
少しくらい入ったって、大丈夫だろう――そんな邪な考えが浮かび、ますます体が疼きだす。

「も〜、早く帰って来てよ竜ヶ崎ぃ……」

早く帰って来てくれないと、足が勝手に敷地内へ。
抑え切れず、一歩ずつ進んでいく。
一歩ずつ、一歩ずつ、そうしていくうちにもう完全に侵入してしまった。

「怒られたら竜ヶ崎のせいにしてやるんだから」

遂にはすっかり開き直って、この広い敷地の中、怜を探すことにした。
先述通り、滴が鮫柄学園を訪れるのは初めて。
ここは確か室内プールがあったはずだが、それがどこにあるかなんて勿論知らない。
そんな状態で、迷わないわけがなかった。

「ここ……どこ……」

まるで迷路のような敷地を歩き回ってみたが、一向に水泳部らしき人間どころか人の姿さえ見ない。
このままでは永遠に他校で迷子である。
こんなこと、江や渚に知れたらどうあっても恥だ。
途方に暮れながらも、そんな考えを振り払って、ひとまずは目標を変更することにした。
水泳部ではなく、人を探そう。
そして水泳部のいる場所へ案内してもらおう。
気持ちを切り替え、改めて意気込んでいると、どこかから激しい物音と荒ぶる声が聞こえた。

「俺には関係ねぇ!!」
「ないわけないだろ!?」

びっくりして肩を竦めた後、声の主に気付いてひやりと腹の底が冷えた。
焦りに駆られてすぐさま声がした方へ駆け付けると、滴は目を疑い、顔を強張らせた。
凛のジャージの襟を掴み上げ、壁に力ずくで押し付ける怜の姿が、大きく見開いて揺らぐ瞳に映し出される。
感情を剥き出しにしたふたりは、激しく睨み合う。

「そもそも遙先輩が水泳から離れていたのはあんたのせいじゃないか!!」
「はぁ!? 何のことだ!?」
「中学の時、遙先輩はあんたに勝って! それに罪悪感を感じて!!」

荒々しく捲し立てる怜に、言葉を詰まらせる凛。

「なのに何なんだよあんたは!! 僕には全く理解できない!」

常に己を理性で律し、礼儀正しく、冷静な眼差しで美を求めるいつもの竜ヶ崎怜は、そこにはいなかった。
ここまで感情的になる彼は見たことがない。
彼にかける言葉もなく、絞り出せる声もなく、滴はただただ立ち尽くす。

「この前の試合であんたは遙先輩に勝った! それでいいじゃないか! なんでまたリレーに出るとか言い出すんだ! あんたは一体何がしたい!? 遙先輩をどうしたい!? ――何をどうすれば満足なんだよ!!?」

これまで募っていた彼の不満、憤りが爆発した。
そんな風に感じられるくらいに、絶叫にも似た彼の言葉は大きく、天に広がる真っ青な空まで響き渡った。




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