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アルバムを眺めて昔話に華を咲かせる彼らから、そっと離れて。

「竜ヶ崎。アイス、食べない?」

こっそり冷凍庫に忍ばせていたカップのアイスを取り出して、木のスプーンで固く凍ったアイスの塊ををつつきながら、そっと怜に近付いた。
彼ははっと我に返り、振り返る。
そして咄嗟に何事もなかったようにと振る舞い、滴の手にあるアイスを目にして、呆れて顔を歪める。

「またアイスですか。確か昼にも食べてませんでしたか?」
「アイスはいくつ食べても美味しいの。ほら、こっちにもう一個あるからさ」
「ああっ、ちょっとっ」

渋る怜の腕を強引に引っ張り、まだ鍋の熱気が残る居間に連れ込んだ。
テーブルにはしっかりと怜の分のアイスも置いてある。

「いいんですか? あちらに入らなくて」

渋々と腰を下ろした怜は、遙たちの方を一瞥する。
が、滴は何食わぬ顔でそんな彼の隣に座り、アイスを掬いだす。

「だって、あたし関係ないし」

あっさりと答えてみせると、怜は意外そうにして黙ってしまった。

「渚や先輩たちのことを知ったのは小六の時だけど、ちゃんと対面したのは高校で初めてだったからね」
「でも、凛さんとは……」
「幼馴染だよ、生まれた時からの。江とはずっと一緒だったけど、凛お兄ちゃんとは小五の冬まで一緒だった」
「えっ?」

戸惑いを見せる怜とは対照的に、淡々とした受け答えの滴。
鍋の後の熱気が残る部屋は、やけに静かに感じられた。

「お兄ちゃんが転校するだとかオーストラリアに行くだとか言った時に、あたし、離れたくなくて駄々捏ねちゃってさぁ。つい、こう、勢いに任せて嫌いなんて言い放っちゃって……まあ、それっきりだったわけ」
「それで、渚くんたちとは面識がなかったわけですか」
「リレーの大会に出てたのは見てたんだけど。あんなこと言った手前、声なんてかけられなくてね。きっとあの時に勇気の一つでも出してりゃ、あそこにも入れてたんじゃないかな」

遙たちの後ろ姿に視線を移し、少々自虐的に笑う。
不思議だった。
渚たちにはあんなにも知られたくないと思っていたのに、怜にはすんなりと話せてしまった。
彼の立場に、少なからず同情でもしているのかもしれない。

「しかし、生まれた時からの仲だったのなら、それくらいで関係が悪くなるなんてことは」
「現に、お兄ちゃんはあたしを憎んでる」
「瀬良さん……」
「江は昔みたいに戻ってほしいって今でも思ってるみたいだけど、たぶんもう無理だね」

もうとっくに諦めきっているような口振りで、しかし、ほんの少しだけ目頭が熱くなっていた。
強がっていることはきっと怜にも伝わってしまっているのだろう。
言葉を失くして、黙り込んでしまった。
ほの暗い空気がふたりの間を漂う。
こんな話がしたかったわけではなく、滴は打ち破るように口を開いた。

「そんなことより、あたしが心配なのはあんただよ」
「僕、ですか?」

小さく狼狽える怜。

「あたしが言えたことじゃないのかもしんないけどさ。黙ってても相手には何にも伝わらないよ」
「……瀬良さんは、妙なところで勘が鋭いですね」
「ふふん、こう見えてね。あたしはちゃんと見てるよ。あんたが頑張ってるとこ。チームとして良い結果を残すために、最高の泳ぎを見せるためにってね」

皮肉混じりな彼の言葉も、軽く笑い飛ばしてみせる。
何と言われても良い――ただ、岩鳶水泳部の、彼の力になりたいと心から思ったから。

「だからさ、こんなところで遠慮なんかしてる場合じゃないっしょ?」
「……本当に説得力がありませんね、あなたの言葉は」
「なっ、またそういうこと言う……!」

前言撤回。
彼の皮肉がグサグサと心に突き刺さって、さすがに堪えてきた。
が、当の本人はふっと苦笑して。

「でも、何故かはわかりませんが、力は湧いてきますよ」
「何、あんたってツンデレなの?」
「言っている意味がわかりません」

少しだけ和んだ空気に、なんだか安心感を覚えた。



しかし、翌日の教室で見た怜は、どこか気が立っているようで。
昨夜は鑑賞会が終わった後、滴は江と一緒に天方の車で送ってもらい、それから彼らがどう言葉を交わしたのかは知らない。
ただ、確実に何かしらのアクションはあったらしい。
放課後も、思い詰めた様子の彼が気がかりで、尾行していたのだが。
彼はとうとう部活に顔も出さず、学校を出てしまった。

「ちょっ、ちょっと、竜ヶ崎!」
「瀬良さんっ?」

さすがに見過ごせなくなり、慌てて追いながら彼を呼び止める。
振り返った彼は、突然の滴の存在に驚いた。

「あんた、部活は? どこ行くの?」

何故か焦っていることに自分でも気が付いて、だけど止めることはできなかった。
必死に問い詰めると、怜はばつが悪そうに顔を顰め、目を逸らす。

「少し用事が……」
「嘘。あんた、いつもそんなことで休まないじゃん」
「……けじめを着けようと思っただけですよ」
「けじめ?」

怪訝に彼の顔を覗き込む。
彼の瞳は揺れながらも、強い決意を宿しているように見えた。

「瀬良さんは、来ない方がいいのかもしれません」

配慮がちな言葉に、滴は悟った。
彼の言う『用事』と、『けじめ』の真意。
だったら、自分も――

「あんたひとりじゃ心配だし、あたしも行く」
「瀬良さんっ?」

彼のおかげで、滴の中でも一つの決心が着いたのであった。


 

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