16




渚に戻ってくるように言われた怜と一緒に、来た道を戻る。
どうやら凛のこと、遙にばれていたらしい。
滴は祭りの会場で怜と別れ、江たちとようやく合流した。
散々心配したと怒られ、この年になっても迷子になるなんてと、遂には呆れられてしまった。
結局、今年はほとんど祭りを楽しめないまま、終わってしまった。
少ししんみりしながら、千種と別れて、江とふたりで並んで静かな夜道を歩く。
温い夜風に吹かれて、祭りで当てられた熱を冷ましていく。

「あたし、もうどうしたらいいのかわかんないや」

重く小さな呟きが、緩やかな風に流される。
江は何も言わずにこちらを見守る。

「何言っても凛お兄ちゃんのこと怒らせて、傷付けて……」
「傷付いてるのは滴も同じでしょ?」

江の温かい眼差しが、滴を救ってくれる。
さっき泣いたばかりなのに、熱いものが込み上げてきて、涙が出そうになった。

「……あたし、お兄ちゃんの考えてることがわからないよ」
「それはみんなそうだよ。だから、みんな必死なの」

前を見据える江が、寂しそうに見えた。
彼女は実の妹なのだ。
普段は気丈に振る舞っているが、一番に心配しているに決まっている。
自分もしっかりしなくちゃ。
江に縋ってばかりの自分を、叱責した。


じりじりと照り付ける太陽の下で、激しい怒号が飛ぶ。
まるで暑さに抗うように、部員たちは今まで以上に厳しい練習を、徹底的にこなしている。

「こ、こわぁ……」

差し入れにアイスを持ってやって来た滴は、プールサイドの外で尻込みしていた。
外にまで聞こえてくる大きな声にひやひやしつつ、意を決してプールサイドに足を踏み入れる。
そこに江の姿も見つけて、少し安心した。
ひとまず腰が引けながらも、全体に対して挨拶をしておく。

「お、お疲れ様でーす」
「あ、しずちゃん!」
「よそ見すんな渚ー!」
「はいっ!」

飛び込み台で構えていた渚が明るい笑顔でこちらを振り向くが、コーチに怒鳴られて慌てて前を向いた。
何やら三台のカメラが設置されている。
あれでそれぞれのフォームをチェックしていくのだろうか。
機材を取り入れた練習に、本格さを感じられる。

「なんか、すごいことになってるね」
「そりゃあ、目指すは全国進出だからね」

江もマネージャーとして張り切っている。
部員たちの姿勢もより真剣で、来る大会に向けて闘士を燃やしているのがわかる。
チームとしても、一つの目標を目指して団結しているように見えた。
しかし。

「竜ヶ崎……?」

遙の泳ぎを見ていた怜が、浮かない表情をしていた。
あんなにも遙の泳ぎに魅入られていた、彼が。
休憩中も、凛の名前が出てくると、彼は輪の外で複雑な顔をしていた。
何となく彼の心境を察した滴は、缶ジュースを彼に差し出した。

「ほい。お疲れ」
「……結構です」

素っ気なく顔を逸らす怜に、むっと膨れっ面で。

「せっかく人数分買ったのに」
「やっぱりいただきます」
「はいはい」

缶を渡すと、自分のために買ってきたアイスを開封し、チューブの口を開けてくわえた。
まだまだ固く凍っていて、なかなか口の中に吸い出せない。
チューブ越しにひんやりと、唇と持つ手に冷たさが伝わっていく。
黙々と缶のタブを開ける怜を横目で見て、何食わぬ顔で様子を窺ってみる。

「あんたさ、大丈夫?」
「何のことですか?」
「……やっぱ何でもない」

彼が素直に口を割ってくれる性格ではないことは知っていたので、すぐに折れてはぐらかした。



真夏の夜の、生温い空気が漂う部屋で。
テーブルの上にはぐつぐつと煮えたぎる橙じみた赤い鍋、そしてそこから立ち上る熱い湯気は、室内に籠る。
扇風機のおかげで風通しは良いものの、生暖かい風にトマトの匂いが乗せられてくるばかりで、涼しさなど一切ない。
怜の眼鏡はすっかりレンズが白く曇っている。

「し、しぬ……」

畳の上で、熱気のせいで食欲を失い、ぐったりと項垂れる滴。
部員たちと、顧問の天方も最初は敬遠していたが、今では美味しそうに食べ進めている。
コーチを担っている笹部に招待され、こうして彼の家を訪れている一同。
本来の目的は、県大会の時の映像を鑑賞するためだったのだが。
ちょうど父が泊まりがけの出張に行っているため、江の家に泊めてもらう予定の滴も、一緒に招かれたのであった。

「ほら、お前も食え!」

やがて、笹部に具とスープの盛られた椀を渡され、断ることもできずに大人しく食すことにした。
味は絶品だったが、汗だくになって食べるせいか、食べ終わる頃には多少の疲労感が体に覆い被さっていた。
それからは庭で花火をしたりと夏の風物詩を楽しんでいたが、江がスイミングクラブのアルバムを見つけてきてからは、それを皆で囲むことになった。
写真を眺めながら、昔を懐かしむ彼ら。
もちろん、そのアルバムには凛の姿もいくつもあって、彼らの中には凛の存在がやはり色濃く残っているのだと、彼らの表情や会話から感じた。
しかし、岩鳶スイミングクラブに直接的な関わりを持たない滴は、遠巻きに眺めることしかできなかった。
不意に、後ろを振り返る。
怜がやはり複雑な表情を浮かべて、仲間たちを見据えていた。


 

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