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大会が終わった後、滴は江たちと合流したが、そこに遙はいなかった。
濃い紅色が空に広がる頃、会場付近の駐車場の片隅で、反省会を開く一同。
結局、今回は誰も予選を通過することができなかったが、それぞれの自己ベストを更新できたこともあって、達成感に浸っている。
収穫は充分にあった。
顧問の天方を見送り、解散ということになったが、突然、江が頭を下げ出した。

「ご、ごめんなさいっ!」
「……江?」
「何のことです?」

あまりに唐突で、一同はきょとんとする。
怜が問うと、江はおずおずと顔を上げ、衝撃の告白をした。

「実は私……みなさんに内緒で、メドレーリレーにエントリーしてました!」
「ええええーーー!!?」

本当に誰ひとり聞かされていなかったらしく、一同の驚愕の声が揃う。
やはり、江の行動力は恐るべきものであった。

「でも、これってチャンスだよねっ? だって、明日のリレーに勝てば、地方大会に出られるってことでしょ?」
「無茶だよ! 急にそんなこと言われても、俺たち、リレーの練習なんて何もしてこなかったし……」
「やりましょう」

残された希望に心を逸らせる渚に、浮き足立つ真琴。
そんな中、怜の力強い声が主張する。

「たとえ練習してなくても……やってみる価値はある!」



夜遅くに、江からメールが届いた。
遙がリレーを泳ぐ気になってくれたという、良い報せだった。
滴はほっと胸を撫で下ろし、明日の応援に備えて、携帯を握り締めたまま体をベッドに沈ませた。
彼らと会って、話して、改めて強く思った。
もう迷わない。
今は、彼らを――岩鳶水泳部を、応援したい。


そして大会二日目、ほぼ即席にも関わらず、彼らはできる限りの実力を、そしてチームの結束力を見せつけ、メドレーリレーを泳ぎきった。
結果は――


「設立間もないにも関わらず、水泳部は見事、県大会ベスト8に残り、地方大会進出を決めました。次は全国大会への出場をぜひとも叶えて欲しいと思います。以上」

校庭に集められた生徒たちや教職員の拍手が、全校生徒の前に並ぶ水泳部に送られる。
大会翌日の全校集会。
彼らは部活の結果報告で、昨日の功績を讃えられていた。
なんだか自分のことのように嬉しく誇らしくて、滴も精一杯の拍手を彼らに送った。

『祝、水泳部地方大会進出』

校舎の屋上からかけられた垂れ幕には、水泳部を祝福する文字が大きく載っていた。
ただし、『水泳部』の部分はあからさまに付け足されている。

「用意いいなぁ」
「明らかに流用ですけどね」
「それにしても、もうちょっとクオリティどうにかならなかったのかな」

貼り付けられた布は風で靡き、『柔道部』の文字が見え隠れしていた。


水泳部は今日も、放課後から練習に励んでいるようだ。
次の目標、全国大会出場を目指して。
そして今日の夜は、ビッグイベントが待っている。


「おーい、花ちゃーん、江ー。どーこ行っちゃったのぉぉ?」

今にも泣き出しそうな情けない声が、祭の喧騒の中に掻き消される。
毎年開催されるイカ祭りに、江と、彼女のクラスメイトである千種と一緒に、浴衣で着飾って来ていたのだが。
祭の活気と熱気、そして人混みに埋もれてしまい、いつの間にかふたりの姿がなくなっていた。
ひとまず辺りを探してみるも、人が多くて見つけ出すのが困難である。

「はーい、今年も滴さん迷子けってーい」

ひとり虚しく、自虐的に嘆く。
もはやこれも毎年恒例の行事になっている気がする。
高校生になっても、迷子になるなんて。
慣れない浴衣と下駄、そして人混みに、身も心も疲れてきた。

「はぁ……もう帰ろっかなぁ」

すっかり心が折れていると、突然、肩に手が置かれた。

「ひっ!?」
「ねえ、キミ、ひとり?」
「はいっ?」

びっくりして振り返ると、見知らぬ男がふたり。
見たところ、歳上だろうか。
男たちは気さくに、というよりは非常に馴れ馴れしく話しかけてくる。

「かっわいいじゃん。浴衣も似合ってるし。ひとりでいるの、勿体ないよ」
「せっかくだし、俺たちと一緒に回らない?」
「あ、いや、あたし、友達と一緒に来たんですけど……」

滴はすっかり逃げ腰になっているが、ふたりに挟まれてしまい、逃げ場がない。

「あー、そっかぁ。あれ、でも友達は?」
「そ、それがはぐれちゃって……」
「そりゃー大変だ。ひとりじゃアレだし、俺たちも一緒に探そうか?」
「や、だ、大丈夫なんで。お気持ちはありがたいんですけど」

丁重にお断りするも、男たちは身を引くことなく、執拗に纏わりついてくる。

「遠慮しないで。ひとりじゃ心細いだろ? 俺たちが一緒にいてあげるよ」
「いや、ほんっとうに大丈夫なんで――わっ!?」

急に目の前が真っ暗になり、びっくりして肩が跳ねた。
どうやら誰かの手に覆われているらしい。
慌てふためいていると、耳元で聞き覚えのある、ドスの利いた声が聞こえた。

「俺の女になんか用か?」

思わず耳を疑ったが、それは確かに凛の声だった。


 

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