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結局、怜だけでなく全員分の水着を購入した彼らは、スポーツ用品店を後にした。
その間、遙はぼんやりと一点を見つめ、何か思い詰めている様子で、渚はこっそり真琴に耳打ちする。

「ねえ、ハルちゃんの様子、おかしくない?」
「いや、ハルもそうだけど……こっちの方が重症じゃないか?」

真琴が顔を引きつらせながら、視線を向けた先には、茫然自失の滴。
背を丸めて肩を落とし、頭を垂らして、負のオーラを撒き散らしている。
空虚の瞳は地面ばかり見ており、非常に危険な状態である。
このような状態の滴を間近で見るのが初めてである怜は、戸惑っている様子。

「何があったんでしょうか」
「うーん。大体、想像はついてるけどね」
「前もこんなことあったし?」
「ハルの様子も変だし、やっぱりそういうことだろうな」
「ど、どういうことですかっ!」

やはり、行き着く答えは皆一致しているようで、怜が置いてきぼりにされている横で、江は悩ましげに顔を顰める。
兄が、今度は滴に何を言ったのか。
どうにも擦れ違うふたりがあまりにももどかしくて、ついつい深い溜息が零れた。


「……で。お兄ちゃんになんて言われたの?」
「えっ」

渚たちと別れ、江とふたりきりになったところで彼女は突然、顔を覗き込んで問うてきた。
意表を突かれ、思わず狼狽えてしまう。

「え、な、なんでっ」
「滴が様子おかしい時は、絶対お兄ちゃんが関係してるんだもの。会ったんでしょ? お兄ちゃんに」
「うっ……やっぱ、江には敵わないや」
「あったりまえでしょー。どんだけ一緒にいると思ってるの?」

大きく胸を張ってみせる江に、苦笑いを浮かべる。
だけど、少し救われた気がする。
江になら、全て吐き出せる。
ほんの少しの勇気を振り絞って、先程の凛の言葉を辿った。

「……お前のことを妹だなんてこれっぽっちも思ってないって、言われた」

しかし、江からの返答はなかった。
突然の沈黙に不安になって、江の顔を見てみると、唖然と口を開いていて。
何も変なことを言っていないはずなのに、急に居心地が悪くなった。

「あの、なんでそこで黙るの?」
「いや、だって……そりゃあそうでしょ。っていうか何、お兄ちゃんそれだけしか言わなかったの?」
「えっ、うん……あとはもう、ムカつくとかしか言われてないけど」
「もー、お兄ちゃんのバカー!」
「はっ?」

何やらひとりで頭を抱えて憤怒しているようだが、滴には何が何だかさっぱり理解できていなかった。

「とにかく、滴は落ち込まなくていいから! わかった!?」
「はっ、はい!」

一体、どういう理屈でそうなったのかはわからないが、こうして勢いよく迫る江に逆らうと怖いので、慌てて頷いておくことにした。



翌朝、登校して教室に入るとすぐに、渚と怜と挨拶を交わした。
復活した姿を見せて、安心させておきたいという意図で。

「おっはよー」
「あ、しずちゃん。おはよう!」
「おはようございます。もう大丈夫なんですか?」
「あー、昨日はなんか、ちょっと具合悪かっただけだから。もう大丈夫だよ。ありがと」

適当な言い訳をしてみたが、恐らくは嘘だとばれているだろう。
だけど、前回より早く復活できたことは渚にも伝わっているらしく、安堵の笑みを浮かべていた。
それだけで、充分。


そして、放課後。
滴は一度帰宅して用事を済ませた後、また差し入れを持って学校のプールサイドにやって来た。
主に、新しい水着に身を包み、練習に励んでいるであろう怜の様子を見に来たのだが。

「何故だぁぁ!!」

やはり結果は変わらないようで、怜の絶叫がプールサイドに響き渡った。
何となく予想はしていた滴は、溜息と共にぼやく。

「だから、水着でどうにかなったら苦労しないっての」

とはいえ、さすがに哀れに思えてきた。
どんなに努力を惜しまず練習しても、一向に成果が表れない。
あの他人に関心がなさそうな遙が珍しく動いているそうだが、それでも変わらず。
ここまで来ると、挫折しない怜を尊敬してしまう。
そんな彼の姿勢が、遙を動かしたのだろうか。
渚たちが下校する準備をしている間も、怜と遙はプールにいた。

「竜ヶ崎……」

タイムリミットは近付いている。
どうか、彼の努力が実りますようにと、陰ながら祈った。



「え、泳げた!? バタフライ?」

怜と渚の口から朗報が聞かされたのは、二日後の朝の教室だった。
教室内に滴の声が大きく飛ぶのは何度目だろう。
半ば興奮交じりに、怜の机に身を乗り出すと。

「バッタです」
「ば、バッタ……」

当の本人に冷静に訂正され、水を差されてしまった。
何もこんな時に用語に拘らなくてもいいのに、と内心で悪態を吐いたが、誇らしげな彼を目の前に、そんなことさえどうでもよく思えた。

「バッタだけ泳げるってのも珍しい話だけど。でも、よかったよ! これで大会に出られる!」

渚も心から喜んでいる。
また一歩、前進できたのが、部外者ながら嬉しくて、口元を緩ませていると。

「瀬良さんの言う通りでした」
「えっ?」
「悔やむのは、最後まで頑張ってからにしろと」

とても清々しい怜の笑顔と、彼の中に自分の言葉が残っていてくれたことが、ますます嬉しい。
何だか、胸が擽ったかった。


 

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