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それから怜の特訓の日々が続く。
江たちが彼のために新しいメニューを考えたり、渚や真琴たちも精を出して彼に叩き込んだりしているのだが、泳げるようになる気配は全くなく。

「何故だ……何故なんだ……」

差し入れを持っていく度、プールで頭を抱える怜を見ては、いたたまれなくなった。
大会までの日数を考えて、もうあと一週間以内には泳げるようにならなければ、かなり厳しいらしい。
真面目な彼は努力を惜しまない。
直向きに、前向きに、頭と体を休めることはない。
しかしそんな彼だからこそ、そろそろ精神的に堪えてきたようで。


「これでは、渚くんや真琴先輩たちに申し訳が立ちません……」

渚が席を外している教室で、彼は沈んだ表情でぽつりと言った。
いつも自信満々な彼がこうも落ち込んでいると、何だか落ち着かなくて、どうにか励ましてやりたいという思いが強くなる。

「で、でもさ、真琴先輩も渚も、江も、遥先輩も、みんなあんたが頑張ってるってことはわかってるから。だから、そう思い詰めんなって」
「しかし……」
「まだ日にちは残ってるんでしょ。悔やむのは最後まで頑張ってからにしなよ」

尚も納得のいかない表情を浮かべている怜。
上手く励ませないのがもどかしくて、握る拳に力が入る。
部員ではない滴には、できることは少ないし、かけられる言葉なんてほとんど見つからない。
だけど、できる精一杯のことはやりたい、そんな一心で。

「渚たちも竜ヶ崎のこと信じて特訓してるんだし、今は精一杯応えようよ。いつもみたいに、自信満々にさ」
「瀬良さん……泳げない瀬良さんに言われても説得力がありませんが」
「なっ……!?」

突然、さらりと棘を刺されて、言葉を失うと共にたじろいだ。
少しは彼の心に響いてくれたかと思ったのに。
しかし、彼の表情はだんだんと晴れやかに、穏やかになっていった。

「でも……ありがとうございます。そうですね、今のは僕らしくありませんでした」
「竜ヶ崎……」
「僕は必ず泳げるようになりますよ。周りを驚かせるくらいにね」

いつものように、胸を張って堂々と宣言してみせる彼の姿に、安心して頬が緩んだ。



「……なんであたしまで?」
「いいじゃん、今日はおじさんもお休みなんでしょ?」
「そうだけどさ」

休日だというのに、大型スポーツ用品店に連れ出された滴は今、男たちの水着の試着大会を見せ付けられている。
正直、同年代くらいの男の体を間近で見るのには抵抗があるのだが。
プールでも、ちょっぴり気恥ずかしさを覚えるくらいだ。
一方、筋肉に目がない江は恍惚とした眼差しで水着姿の彼らを眺めている。

「てか、水着ひとつでそんな泳げるようになるもんかな」
「さあ……」

元はと言えば怜が、自分が泳げないのは水着のせいだと屁理屈を捏ねたのが始まりだったらしいのだが、何故か、関係ない遙や真琴たちまで自分の水着を選んでいる。
いつまでも、いつまでも……。
次第に、さすがの江も疲れてきたらしく、げんなりとした様子で。

「ちょっと飲み物買ってくる」

そう告げて、その場を離れてしまった。
滴は一拍遅れて気付いた。

「逃げられた……」

さすがにひとりで、いつまでもこの試着大会に付き合わされるのもつらいので、気分転換に軽く店内を回った後、外を散歩することにした。

「まったく、何しに来たんだか」

小さくぼやいた瞬間、何かぶつかったような音が聞こえて、何事かと音のした方へ駆け付ける。
すると、凛がこちらへ歩いて来るのが見えて、どきりと嫌に鼓動が跳ねた。
何故、彼がここにいるのか。
彼もやがてこちらに気付いたらしく、一瞬、驚いたような顔を見せたが、言葉を交わすこともなく、滴の横を通り過ぎる。

「凛お兄ちゃん……」

振り返ると同時に、彼の背中に向かってぽつりと呟くと、凛の足が止まった。
彼は振り返ることなく、やはり冷ややかな声色で言い放つ。

「……その呼び方はやめろっつったろ」
「でも、あたしにとって凛お兄ちゃんはお兄ちゃんでっ」
「あの時、俺を拒絶したってのにか?」

深い悲しみと、激情の炎を宿した瞳が、滴を鋭く捉える。
まただ。
体が凍り付いて、動かなくなる。
喉がからからになって、声が上手く出せない。
だけど、このままではいつまでも誤解されたままになってしまう。
掠れた声を絞り出して、ずっと伝えたかった言葉を紡ぐ。

「あれはっ……お兄ちゃんが離れちゃうって思ったら、寂しくて、悲しくて……その、八つ当たりしちゃったっていうか……だから、嫌いなんて嘘だよ!」

静かに彼の目が見開かれ、僅かに彼の表情が和らいだ気がした。
少しだけ光が差したように見えて、少しでも思いが届いた気がして、ますます精一杯訴えかけた。

「あたし、本当はお兄ちゃんのこと大好きだったんだよ! お兄ちゃんの夢だって、本当はちゃんと応援したくて……!」

しかし、途端に彼の顔が険しくなる。
眉間に皺が寄せられ、瞳が鋭く細められ、どこか苦しげだった。

「お兄ちゃんお兄ちゃんって……お前、ムカつくんだよ」
「えっ?」
「俺はお前を妹だなんてこれっぽっちも思ってねぇ」

ぐさりと、深く滴の胸に刺さった。
まともに息ができないくらい苦しくて、目が眩んで、熱く溢れていた感情が凍てついて。
言葉を失って立ち尽くしているうちに、凛は去ってしまった。


 

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