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「本当に、それだけかい?」
「それだけです」

それはもう唖然とした顔をしたレイトンに対して、にこりと笑って返すルイス。
しかし、彼女の述べる理由があまりにも単純かつとっぴで、そう易々と信じられるものではなかった。
彼女の隣に腰掛けたルークも、全く同じ表情をしている。

「まさか、警察沙汰にまでなるなんて思ってもみなかったけれど」

肩を小さくすくめるルイスを目の前に、これは早く彼女の両親に事情を話した方が良いと悟った。
さぞかし、心配していることだろうに。
親の心、子知らずとはまさにこのことをいうのだろう。

「でも私、ずっと憧れてたんです。冒険とか、そういうのに」

らんらんと輝き、小さな子どものように純粋で澄みきったその瞳に、いやな予感がした。
純粋故に、厄介なのである。
ルイスは目の前のテーブルに手を置き、身を乗り出して懇願する。

「レイトン先生、私を冒険に連れて行って下さい!」
「えええっ!?」

……やはり、そうきたか。
ルークが大声をあげて驚くのをよそに、レイトンは慎重な面持ちでため息をつく。
せっかく訊ねてきた彼女には悪いが、厳しく断ざるを得ない。

「それはできない。私たちの旅は君が思っているよりも危険なものになることもある」
「危険は承知です。私、もう何の変哲もない日常に飽き飽きしてるんです」
「うーん……」

しかし、ルイスは一歩も引かぬ様子。
固い決意に揺るがぬ眼差し、そして芯の通った真っすぐな声。
緊張した空気が研究室に流れる。
はらはらと見守るルークの視線を受けながら、レイトンは。

「……せめて、ご両親と警察に事情を説明してきなさい」

苦渋の決断を下した。
当の本人は眩しいくらい華々しい笑顔で、大きく頷いた。







そして、数日後。
ルイスは再びグレッセンヘラーカレッジを訪れた。
あの後、まずは警察に事情を話しに行った。
チェルミーという警部にこっぴどく叱られてしまったが、こちらは何とか片付いた。
家の方は、戻れば二度と外に出られないような気がしたので、手紙で説明を済ますことにした。
警察からの連絡も届いている頃だろう。
こうして下準備を終え、晴れて一時的に自由の身となった。

「レイトン先生」

レイトンの研究室の扉をノックすると、ルークが中から現れた。
彼はどこかわくわくした様子でルイスを見上げる。

「ここに来たということは、もう説明は付いたんですね?」
「えぇ。何とかね」
「では次の条件です。さ、入って下さい」
「えっ、何?」

ルイスはルークに腕を引っ張られ、またあのとっ散らかった研究室に入れられる。
中では、何やら意味深に微笑むレイトンが迎えてくれた。

「来たね」
「はい。ところで、条件っていったい……」
「ここに五つのナゾがある。全て解いたら、君も旅に連れて行こうと思う」
「ナゾを?」

レイトンは挑戦的に口角を吊り上げた。
そういえば彼が無類のナゾ好きであることを、ルイスは改めて思い出した。
厄介でありながら、しかし、これさえもルイスの好奇心を非常に掻き立てていた。
ルークが一枚の紙をルイスに差し出す。

「まずは第一問です」

ルークは改まって告げる。
彼に渡された紙には、四つの図形が並んでいる。
どれも似たような形だ。

「まずは間違い探しだ。一つだけ仲間外れの図形がある。それを探し出してくれ」

レイトンの指示を受け、ルイスは紙をじーっと注意深く睨む。
果たして、これらに本当に仲間外れなどあるのだろうか。
問題に集中して黙り込むルイス、それを固唾をのんで見守るレイトンとルーク。
室内は緊張感のある無音の空間と化していた。
が、しばらくの時が経った後、ルイスはあることに気付いた。

「……これだけ、微妙に長さが違う気がするわ」

曖昧に指差したのは右端の図形。
それを見せると、レイトンはにこりと笑ってみせた。

「正解だ」
「やったぁ!」

ルイスは小さく拳を握りしめ、喜びをあらわにした。
不思議と、胸の中がすっきりした気がする。

「さあ、第二問ですよ」
「今度はパズルね」

ルークに渡された玩具のパズルを見て、ますますやる気が湧いた。
昔からパズルは好きで、得意だったのだ。
これは開始からそう時間はかからず、難なくクリアできた。
その手際を見ていたレイトンは感心したように呟く。

「なかなかやるね」
「第三問まできましたよ!」

こんな調子で二問目とは違った形のパズルと、頓智の利いた言葉の問題を何とかこなした。
残すところ、一問。
順調にナゾを解いてきたルイスは、完全に調子に乗っていた。

「これで最後だね」

そう言ってレイトンが渡したのは文章問題。
内容を読んで、ルイスは固まる。
実をいうと、計算を必要とする問題は苦手だった。
頭が真っ白になり、何も考えられない。

「おや、今回はてこずっているようだね」

そんなルイスの様子に、レイトンはにやりと笑う。
成程、最初からルイスを旅に連れて行ってくれる気はなかったようだ。
しかし、こんなところで諦めてしまう程、ルイスは根性のない人間ではなかった。
何度も何度も問題文を読み、頭を働かせるのだが……。

「わ、わからない」

とうとう、項垂れてしまった。
諦める気はさらさらないが、どんなに時間をかけても解ける気がしなかった。
そんなルイスを見かねたルークが、レイトンに提案する。

「先生、ヒントぐらいはあげたらどうですか?」
「そうだね」

レイトンは苦笑してルークを一瞥した後、視線をルイスに移す。
それを聞いたルイスははっと顔を上げ、縋るような目でレイトンを見つめた。

「先生……!」
「複雑な計算は必要ないよ。問題文をよく読んでごらん」
「えっ」

あまりにも単純かつ予想外なヒントに拍子抜けした。
もう一度、問題文に目を通す。
しんとした研究室には、時計の針の進む音だけが聞こえる。
真剣なルイス、息を呑みながらそれを見守るルーク、彼女の答えを待つレイトン。
――やがて、ルイスのひらめいた声があがった。

「こうですね!」

サラサラと数字を書いてレイトンに見せると、彼は口角を上げた。

「合格だ」
「ルイスさん、おめでとうございます!」
「ありがとう、ルーク!」

ルイスはルークと手を取り合って喜んだ。
これで遂に冒険を楽しめる時が来る、刺激的な日々が始まるのだ。
そう思っただけで、ルイスの胸は躍動感に満ち溢れた。
レイトンはどこか楽しそうに笑みを浮かべ、ルイスを褒め称えた。

「思った以上にできるようだ。これは頼もしいね」
「ありがとうございます!」

久々に、褒められた気がした。
いつもは何かを達成しても褒められる前に次の課題を出される。
当然のことであるように。
褒められたという事実が嬉しくて、ルイスは頬を緩ませた。

「だが、まだ連れて行くと決まったわけじゃない」
「え」

緩んだ頬が引きつった。
こんなに人を喜ばせておいて、まさかその言葉が彼の口から出てくるとは誰も思わなかった。
現に、彼の助手のルークも目を丸くしている。
凍りついた空気の中、レイトンは何か企んだような表情を浮かべていた。

「君は私の助手になりたいのだろう」
「はい、そうですけど……」
「私はこれから少し用事で出なければならないんだ。戻るまでルークと部屋の掃除をしておいてくれないか」

ルイスとルークはぽかーんと口を開けたまま固まった。

「何も全部はしなくていい。できるところまでで構わないよ」
「は、はい」

唖然としながらも返事をすると、レイトンは資料を持って慌しく部屋を出た。
残された二人は顔を見合わせ、苦笑い。

「随分とちゃっかりした人ね」
「はい……」

仕方なく、ルイスはルークと共に部屋の片付けを始めた。
散らばった本を束にしてまとめ、雑巾で窓や机を拭いて床を箒で掃いていく。
くしゃくしゃに丸められた紙くずも迷いなく捨ててしまう。
みるみるうちに整頓されていく部屋。
ルークの協力のおかげで作業が捗り、案外、掃除は早く終わった。

「ふう……片付いたわ」
「少し、休憩しましょう」
「そうね」

二人は徒労のため息をつきながら、ソファーに座って一休みした。
他愛ない世間話をしながらくつろいでいると、やがて、レイトンが戻ってきた。

「すまないね、思っていたより早く終わったんだが……」

彼は部屋を一通り見回すと、言葉を失った。
整頓された本の束、なくなったゴミ。

「合格、ですよね」

にっこり微笑んで念を押すと、レイトンは諦めたように息をつく。
肯定の答えを余儀なくされた彼は、苦笑いを浮かべた。

「あぁ……」

してやったりと、ルイスはルークと顔を見合わせて笑った。




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