06




次にトキヤと会ったのは、それから一週間後のことだった。
金曜日の放課後。
とあるバラエティー番組の収録が終わり、次の収録までだいぶ時間が空くとのことで、その間に少しでもと、スタジオ近くのカフェで会うことになった。
まるで洋館のような外装にアンティーク揃いの内装と、洒落た雰囲気のカフェで、メニューもいつも行くようなカフェより高級感があった。
こうして二人で外出すると、何だかデートをしている気分になってうきうきした。

「ここのパフェ、美味しいって評判だったから一度食べてみたかったんです!」

それに、前にテレビで見た通りのフルーツパフェを実際に目の前にして、ますます気分が良かった。
喜々と満面の笑みを浮かべる優衣を、トキヤは微笑ましく眺めている。
ちなみにトキヤの手元には、バニラアイスが添えられたアイスコーヒーが一つ。

「一ノ瀬さんも、一口、食べてみます?」

この喜びを共有したいと思って、パフェのグラスを少しだけトキヤの方に寄せてみる。
トキヤは何故か一瞬、きょとんとしたが、また笑みを浮かべて。

「そうですね。せっかくですからいただきます。スプーン、貸していただけますか?」
「……うん?」

優衣は笑顔を凍りつかせる。
トキヤが指差したのは、まさに今、優衣が持っているスプーンだった。
スプーンなら、彼のコーヒーフロートにも挿してある。
一応、勘違いではないことを確認するために、持っているスプーンを少しだけ上げて。

「あの、これ、ですか?」
「ええ」

当然だと言わんばかりに頷く彼。
動揺が胸の内に広がる。
だって、これでは間接キスになってしまう。
しかし必要以上に彼を疑うのも、何だか気が引けた。
自分だけが意識していた、なんてことになれば、それこそ恥なのだから。
とりあえず平常心を装い、控えめに探りを入れてみることにした。

「これじゃないと駄目、ですかね?」
「このスプーンでは少し小さくてフルーツが落ちてしまいそうですから」
「なるほど……」

自分のスプーンを指しながらのトキヤの言い分に、納得した。
この人は間接キスだとか、そういうものは気にしない人なのだと理解した直後。
彼はにこやかに、とんでもないことを言った。

「ああ、優衣が食べさせてくださっても構いませんが」

優衣がぎょっとした瞬間。
スプーンが手の中からするりと滑り落ち、音を立ててテーブルに落ちた。
呆れた口調で、しかし顔は笑っているトキヤ。

「お行儀が悪いですよ、優衣」
「あ、いや、す、すみません!」

素直に反省してスプーンを拾いつつ、やはり確信犯だった彼を少しだけ恨んだ。
おかげでほんのり顔が熱い。

「で、食べさせていただけないのですか?」
「うっ」

ぴくり、と体が揺れる。
残念ながら彼はまだ諦めていなかったらしい。
できれば回避したいところだが、そう簡単には折れてくれないだろうと判断した優衣は、フルーツといちごアイスをスプーンに乗せ。
一度、ちらっとトキヤの方を一瞥すると、期待の眼差しが痛いくらいに向けられていた。
とうとう意を決して、それをトキヤの口元へと運ぶ。
規則的に、しかしいつもより激しく主張してくる胸の鼓動。

「ど、どうぞ」

彼の唇がスプーンに触れたと思うと、また強く高鳴る心臓。
目が合うと、ふっと笑われてしまった。

「ありがとうございます」

いつの間にかなくなっていたアイスとフルーツ。
気まずさの中で腕を引っ込めて、スプーンをまじまじと見つめる。
パフェはまだまだ残っている。
勿論、このスプーンで食べなければならない。

「優衣?」
「はいっ!?」
「早く食べないと、溶けてしまいますよ」
「あっ……」

トキヤの言う通り、アイスが既に溶けかかっている。
優衣は慌ててアイスを掬い、一瞬躊躇したが、思い切って口の中に入れた。
こんなに冷たいのに、どうして顔の熱は冷めてくれないんだろう。
口の中に残る甘さを流し込もうと、水の入ったグラスを適当に掴み、口を付けたところで。

「それ、私のグラスですよ」
「んんっ!?」

思わず吹き出しそうになるのを必死に堪えた反動で、口に含んだ水が気管に入ってしまった。
苦しくなって、咄嗟におしぼりを掴んで口元を押さえ、激しく噎せた。
なんて情けないのだろう。
穴があったら入りたいという気分を、こんな時に体験してしまうだなんて。

「大丈夫ですか?」
「だ……大丈夫、じゃないです……」

さすがに心配してくるトキヤに対して、強がる気力は残っておらず、絞り出したような声で返した。
しばらく噎せ続け、落ち着いてくれるのを待つ。
そしてどうにか息苦しさが和らいできたところで、徒労の溜息を一つ。

「はあ、もう散々です……かっこわるい」
「そんな君も可愛らしいと思いますが」
「もう、そもそも一ノ瀬さんがそうやってからかうからいけないんです!」

愉快に微笑むトキヤに、半ば八つ当たりで文句を言い付けてやる。
八つ当たりといえど間違ってはいない。
彼の言動一つ一つが、自分をおかしくさせているのだから。
軽く睨んでやると、トキヤの表情から笑みが消えた。

「優衣、君は……」

そっと手を握られると同時に、真剣な眼差しが向けられる。
心臓を鷲掴みにされるような感覚がした。
異様な緊張感に襲われ、何も言葉が出てこない。
そして彼も、少し躊躇いがちに顔を顰め、口を閉ざしたまま思案しだした。

「……いえ、何でもありません」

不意に、トキヤの手が引っ込む。
まただ――どうしてそんなに思い詰めたような顔をするのか。
わかっているはずなのに、踏み込めなかった。


翌日の朝、トキヤからメールが送られてきた。

『これからしばらく仕事が立て込みそうなので、恐らくメールも電話もできなくなると思います。すみません。』


そんなメールが届いてから、もう一ヶ月は経とうとしている。
それだけで気分が沈んでしまうのはやっぱり、そういうことなのだろうか。
純粋に彼の身を案じる気持ちとは別に、欲張りな自分がいることにひどく嫌悪してしまう。
彼と言葉を交わして、支えられるだけでよかった。
彼を応援できれば、それでよかった。
それだけで充分幸運なことで、これ以上、何かを欲していいはずがないのに。
それなのにどうして、こんなにも寂しさが胸を支配するのだろう。

「ねえ、まだ連絡ないの?」

学校でもよく瑞歩に心配されるようになってしまった。
そんなにも、顔に出てしまっているのだろうか。

「うん……きっと忙しいんだよ。大丈夫かなあ、一ノ瀬さん」

心配を装って、不安を隠す。
否、決して全く装っているわけではなかった。
ただ、怖かった。

「……優衣はさ、もうちょっとくらい欲出しちゃってもいいと思うよ?」

こうして、心の内を悟られるのが。
やっぱり親友には敵わないと、力なく笑みを見せた。

「ううん、駄目だよ。あたしには、あの人は勿体ない」

自分なんかが、欲してはいけない。
ずっとそう言い聞かせて、ずっとそうやって逃げていた。



 

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