05




結局あの後、連絡先を交換し、彼が手配してくれたタクシーで自宅に帰ったのだが。
そして、翌日。

「いやー、それにしても本当にキューピッドになっちゃうとは思わなかったわ」
「や、別にそういう仲じゃないんですけど」

浮かれた笑顔を見せる気の早い親友に、顔を引き攣らせる優衣。
賑やかな昼休みの食堂の片隅で、約束通り、瑞歩に昨夜の出来事を洗い浚い話した。
大丈夫だとは思うが、他言は厳禁という条件付きで。
ちなみに、弁当箱の中は既に空である。
場の流れで彼に抱き締められてしまったことも、話してしまった。

「好きでもない女の子抱き締めたりするような人には見えなかったけど」
「でも、出会って間もないんだよ?」
「あの手紙で惚れちゃったとか」
「そんなに特別なこと書いたつもりないんだけど」

うっかり彼の核心に触れてしまうようなことを書いてしまったのは、否定しない。
それで彼も心を開いてくれたのも、頼ってくれることになったのも確か。
だけど、あれだけで恋愛的感情を抱いたりするだろうか。
うーんと考え込んでいると、瑞歩がニッと口角を上げて顔を覗き込む。

「で、優衣はどうなの?」
「へっ?」

目を丸め、顔を上げる。
非常に愉快げな瑞歩の顔を見て、嫌な予感がした。

「彼のこと、どう思ってるの?」
「え……えっと、やっぱり恩人であるわけだし、純粋に応援もしたいし、支えてあげられたらいいなって思ってる」
「そうじゃなくて。ほら、抱き締められた時とかさ、ドキドキしたりしなかった?」

やっぱり、そういうことか。
瑞歩の言わんとしていることは薄々感づいていたが、やはり自分のそういう話は恥ずかしいもので。
でも、瑞歩の言うことはあながち間違いでもなく。

「……した」

小さく口籠らせると、案の定、瑞歩の眼が輝いた。
嗚呼、ちょっぴり頬が熱い。

「ま、優衣に初めての彼氏ができるのも時間の問題ね」
「なっ! 瑞歩、面白がってるでしょ」
「面白いっていうか、嬉しいのよ、親友として。ほら、優衣って男性経験全くないじゃん」
「うっ。そうだけど」

勿論、図星で否定はできず、ばつが悪くて少し顔を顰めた。
痛いところを突くのも、親友だからこそ。

「大丈夫。あの人だったらきっと、優衣を幸せにしてくれるって」
「もう、だから向こうがどう思ってるかわかんないって」
「あの人って自分がHAYATOだって本当は誰にもバレちゃいけなかったんでしょ? それなのに、わざわざあの時の自分がHAYATOだって肯定して、MCで優衣にあんなこと伝えて。しかもライブ終わった後も疲れてるはずなのに、わざわざ優衣のこと探してたわけじゃん」
「それは……理解してくれる人が欲しかったんじゃないかな」
「それってまるで、恋人みたいじゃない?」

都合の良いようで、的確な解釈に感心してしまう。
そしてそれを無条件に信じる度胸は、優衣には少々足りなかった。
でも瑞歩が言えば説得力がある。

「そう、かな」

だんだん、満更でもなくなってきてしまった。



あの日から、トキヤとのメールや電話のやりとりは続いた。
最初は無事に帰ったという報告やら、改めて礼を述べてみたり。
それからは二人のプライベートのこと。
実は彼、あんなに大人びているのに学年的には一つしか変わらないと発覚し、それはもう驚愕した。
現在は早乙女事務所の寮で暮らしているらしい。
優衣も、家のことや今通っている学校のことを話した。
後は本当に、他愛ない話。
時には弱音を吐き出してくれる時もあって、その度に励ましながら、傍にいられたら……なんて図々しくも考えてしまうこともあった。

そしてとうとうトキヤのオフの日と優衣の休日が重なり、あの日以来、初めて会えることになった。
幸い、両親は出かけていて家にいない。
どうせなら二人になれる方が彼も助かるだろうと思って、彼を春日家に招いたのだった。
今は優衣の部屋で、白い絨毯の上に二人並んで座って語らっている。

「あんまり久しぶりって感じでもないですね。電話とかしてたからかなぁ」
「私にとっては随分と久々な気がしますが」
「あれ、そうですか?」
「ここ最近、仕事が忙しかったせいかもしれません」

そう言う彼の表情には、やはり隠しきれない程の疲労感が漂っていた。
ひょっとしたら、無理をさせてしまったかもしれない。
優衣は少しばかり心配になって覗き込んで、顔色を窺う。

「あ……あの、疲れてません?」
「いえ、大丈夫です。と言いたいところですが、やはり少し体が重いですね」
「せっかくのお休みだし、ゆっくり体休めた方がいいですよ。あ、よかったらベッド使ってくださいね」
「しかしそれでは君が」

やはり気を遣ってくれているようである。
でも、優衣としてはトキヤに休んでもらいたくて、安心させるように笑ってみせた。

「あたしのことは気にしなくて大丈夫ですから、ね!」
「ですが……」
「もう、つべこべ言わずに寝てください!」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいっ」

遠慮する彼にもはや無理矢理、腕を力ずくで引っ張り上げて立ち上がらせ、ベッドに押し込む。
そこまではよかったのだが、さすがに非力な女子一人の力で男一人の体を支えるのは無理な話だった。

「え、う、うわあっ!」

勢い余って彼と一緒に、自分もベッドに放り込まれてしまった。
それも、彼の上に被さる形で。

「あっ、す、すみません! 今すぐ退きます! ごめんなさい!!」

驚きと恥ずかしさと焦りで顔の熱が急激に上がり、頭が混乱した。
そして咄嗟に彼の上から退こうとしたが、突然、彼の腕に抱き込まれて動けなくなってしまった。

「えっ、あ、あのっ」
「すみません、しばらくこのままでいさせてくれませんか?」
「あ、え、で、でもっ!」
「この方が、疲れが取れそうな気がするんです」
「え……あ、あの、一ノ瀬さんがそう言うのなら……」

彼が望むのなら、拒めなかった。
顔がとてつもなく熱くて、胸の鼓動がどうしようもなく高鳴って、苦しい。
一方、トキヤは満足したのか、口元に笑みを浮かべたまま、ゆっくりと瞼を閉じた。
それから間もなく、静寂の中で穏やかな寝息が聞こえてくるようになった。
無防備に眠る姿は、何のしがらみからも解放された、普通の青年。
寝顔だといつもよりあどけなく見えて、優衣は何故だか嬉しくなってふっと微笑む。

(瑞歩の言う通り、なのかな)

こうして安心して心を委ねてくれるのは、特別な存在だから?
だとしたら、こんなにも幸せなことはない。
そして彼の温もりに包まれて安らいでしまう自分は、彼に惹かれているのだろうか。
もしそうなら、彼はこの想いを受け止めてくれるのだろうか。
彼のような素敵なアイドルが、自分のような何の取り柄もない一般人を。
期待と不安が交差する中、少しだけ胸が切なく痛んだ。

「……いいや、あたしも寝よう」

諦めたように呟く。
眠ってしまえば、余計なことも考えずに済む。
信じて、そっと瞼を閉じた。


それがすっかり夜まで眠ってしまい、帰って来た父と母にトキヤのことがバレてしまったのは、不覚だった。
一応、HAYATOにそっくりな友達という風に誤魔化したのだが。

「へー、本当にHAYATOそっくり……こんなイケメンが優衣の彼氏だなんて、信じらんないわ」
「なっ、彼氏じゃないから! 友達だから!」
「いいんだ、優衣。お前が決めた相手なら父さんは……」
「だから違うって言ってんでしょうが!」

二人とも、すっかり恋人だと思い込んでしまっている。
現在は大学の寮で暮らしている姉までいたら、きっと大変なことになっていた。
違うと言っても聞いてくれない両親は放っておいて、トキヤを見送るべく外に出る。
あれだけ彼氏だと騒がれると、申し訳ないやら気まずいやら。

「父と母が勝手なこと言っちゃって、すみませんでした」
「君が謝ることではないでしょう?」
「でも……」
「それに、悪い気はしませんでしたしね」
「えっ?」

ぎょっとトキヤの顔を見上げる。
彼も、無意識のうちに言ってしまっていたらしく、はっと気づいたように口を手のひらで覆った。

「……すみません、今のは聞かなかったことにしてください」

途端に、彼の表情が険しくなった。
どうしてそんなに悲しそうな顔をするの、今の言葉の真意は?
聞きたくても聞けなくて、優衣はそっと目を伏せた。

「……はい」

もどかしさと胸に渦巻く思いには、見て見ぬ振りをした。



 

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