04




ライブが無事に終わり、関係者達への挨拶もそこそこに済ませ、すぐに着替えを済ませた。
今ならまだ周辺にいるであろう、彼女に会うために。
私服に着替え、勿論、帽子を深く被って顔を隠して、裏口から会場を出た。
あまりの焦り様に擦れ違ったスタッフ達が何事かと振り返っていたが、そんなものを気に留めている場合ではなかった。
彼女が帰ってしまう前に、見つけだしたい。
すっかり暗くなった外を駆け、まだ人集りのある正面入り口の方へ向かう。
しかしいくら探せど、彼女らしき姿は見つからない。
もう離れてしまったのだろうか。
どうしても諦め切れずに辺りの道を探し回っていると、あるファミレスの前に辿り着いた。
ちょうどそこから二人組の少女が出てきた。
ファミレスのガラス越しの光に照らされる少女は、どこか寂しげに会場の方を見つめていて。
トキヤは、目を見開かせた。
間違いなく、あれは焦がれていた彼女。

「春日優衣さん、ですね?」
「えっ?」

緊張と興奮で、声が震えそうになった。
彼女は一瞬だけきょとんと首を傾げたが、すぐに気付いてくれた。
次第に、驚きに染まっていく表情。

「あ……HAYATOさんっ……」
「う、嘘……」

隣にいる友人らしき彼女も、目を真ん丸にしている。

「私はHAYATOではありません。一ノ瀬トキヤといいます」
「一ノ瀬……トキヤ……?」

どうやら二人とも混乱している様子で、顔を見合わせている。
トキヤは優衣の腕を掴み、友人の方を見る。

「すみません、彼女をお借りしてもよろしいですか?」
「えっ? あ、はい、どうぞ!」
「え、瑞歩っ!?」

意外にもあっさりしていた。
自分は謂わば赤の他人なのだ、普通ならもう少し、警戒してもいいのではないだろうか。
友人の態度に拍子抜けしたのは、どうやら彼女も同じらしい。

「私、先に帰ってるから。また学校で話聞かせてよね。じゃ、後はお二人でごゆっくり〜」
「ま、待ってよ瑞歩〜っ!」

必死に呼び止める優衣だが、瑞歩と呼ばれた彼女はさっさと帰ってしまった。
本当に友人なのだろうか。
取り残された優衣は、気まずそうにこちらを見る。

「あの……」
「人目に付かないところで話したいのですが、構いませんか?」
「は、はいっ!」

急く想いを抑え、冷静さを装って促すと、彼女は慌てて頷いた。


緊張して小さく肩を竦める彼女を連れて、トキヤはホテルに戻った。
二人きりで安全に話せる場所なんて、ここくらいしかない。

「いい……んですか……?」
「えぇ、どうぞ」

躊躇う彼女の背を押して、半ば強引に部屋に招き入れた。
やはりそわそわと落ち着かない彼女に、ソファーにかけるよう勧め、自分はベッドに腰を下ろす。
二人は向かい合うように座り、暫しの沈黙が流れる。
そんな中で、トキヤはまじまじと優衣を見つめる。
おろおろとした様子から、やはり気弱そうな印象を持った。
そしてとうとう沈黙に耐え切れなくなった彼女が、思い切って口を開く。

「あの……一ノ瀬さんが、HAYATOさんなんですよね?」
「ええ。君が手紙で言っていた通り、私はHAYATOというキャラクターを演じています」
「どうして……?」

彼女の問いに、何でもないように答える。
それでもまだ恐る恐る問うてくる彼女の瞳は、戸惑い揺れていた。

「HAYATOとは元々、事務所が立ち上げた仮想アイドルプロジェクトです。ルックスが良くギャラが安い新人を起用して芸能人として業界に入れ、トップに上る過程を売りにしていく。HAYATOがそれなりの成果を出したあかつきには、仮想キャラを増やし、HAYATOとユニットを組み売り出す、と」
「そうだったんだ……知らなかった……」
「当時、劇団に所属していた私は人に進められてオーディションを受け、合格しました。そして事務所の設定した通りのキャラクターを演じることになったのですが……」

それが予想外に人気が出てしまい、仕事が膨大に増えて、無理なスケジュールを強要されることになっていった。
仕事中だけでなく、車での移動中でさえHAYATOを演じることを強いられる。
末に、自分の部屋に帰った時にはもう、心身共にとてつもない疲労感に襲われているのである。
とめどなく溢れる感情を止められず、何もかも彼女に話した。
彼女は苦しそうに顔を歪め、何も言わずに聞いてくれた。

「苦痛で堪らなかった。大好きな歌も満足に歌わせてもらえない。次第に私は歌うことに楽しさを見出だせなくなった。世間はそんな空っぽの、偽物の私を見て喜んでいる。本当の私を、一ノ瀬トキヤを見てほしいのに」

再び彼女を見た瞬間、息を呑んだ。
気付けば、彼女の細められた目から涙が零れ落ちていた。
膝の上に置いた拳は、弱々しく震えている。

「何故、君が泣いているのです」
「だって……事務所の良いように使われて、何だか人として扱われてないみたいで……そんなの、悲しすぎます!」

とうとう彼女は、まるで幼い子供のように、声をあげて泣きだしてしまった。
他人の痛みを感じ取り、自分のことのように傷を抱えて涙を流す彼女を、尊敬せざるを得なかった。
まるで、自分の代わりに泣いてくれているような気がして、心が少し救われた。

「……昨年、学園長に誘われて早乙女学園というところに入りました」
「早乙女学園……確か、アイドル養成所みたいなところですよね?」
「えぇ。卒業オーディションで優勝すれば即デビュー。私は一ノ瀬トキヤとしてデビューするために、そこへ入りました。しかし優勝することはできなかった」

あの時の虚無感は忘れられない。
あれだけ必死にやってきたのに、追い求めていた夢に手が届くことはなかった。

「後一年……後一年で彼に認められなければ、私はこのまま、一生HAYATOを演じ続けなければならない。タイムリミットが近付く度、私は焦りを感じていた」

路頭に迷って、前にも後にも進めずにいる。
そんな状態で、これまで過ごしてきた。

「そんな中で、君に出会った。嬉しかったんです、君の手紙を読んで。君が私の苦しみに気付いてくれているような気がして。不思議ですね。あの手紙一つで、君との出会いで、見出せなかったものが見出せる気さえしているんです」

優しく微笑みかけると、優衣はごしごしと手の甲で目を擦った。
すん、と鼻を啜る音がして、彼女が泣き止もうとしているのがわかった。
そして、ほんのり腫れた目を真っ直ぐにこちらへ向けて。

「あたし、あなたの歌が聴きたい。ありのままの、あなたの歌が……だから、ずっと応援してます。一ノ瀬トキヤさん、あなたを」

力強い言葉が、トキヤの心を激しく揺さぶる。
優衣は勢い余って立ち上がり、迷いのない一途な瞳を向けた。

「あたしには何の力もないけれど……あなたを支えたいです。他の人には本音が言えなくても、あたしには言ってください。あたしを捌け口にしてください。あたしには聞くことしかできないけど、それでも……溜め込むのは辛いと思うから」

彼女の言葉はどうしてこんなに心地が好いのだろう。
どうしてこんなに心を動かされるのだろう。
熱く込み上げてくる想いを抑え切れず、トキヤは立ち上がり、優衣の体を包み込んだ。
彼女の温もりが、不思議と安心させてくれる。
腕の中で顔を真っ赤にしてあたふたする彼女に、愛しささえ込み上げてきた。

「あ、あのっ」
「これからも、会っていただけますか?」
「あ……も、勿論です!」

トキヤはより強く、縋るように彼女を抱き締める。
彼女の感触を、確かめるように。

「ありがとう」

すると、優衣の腕が控えめに背中に回された。
全てを優しく受け止めてくれた。
彼女という存在が嘘偽りなくこの腕の中に存在しているのだと、実感した。


 

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