03




待ちに待ったライブ当日。
それも夕方からの、ツアーの最終公演である。
こういう時の瑞歩の強運は凄まじいもので、かつては人気アイドルグループの年末カウントダウンライブのチケットも当てていた。
それも、大抵はアリーナの五列目以内。
今回もなんと、二列目。
そんな親友に心から感謝しつつ、優衣はいつもより少しお洒落をして、期待に胸を膨らませてきた。
会場に着くと、さすが今をときめく人気アイドル、主に若い女性ファン達があちらこちらに集っていた。

「うわー、すごい人」

思わず圧倒されて、零す。
そもそもこういったコンサートなどに来るのは初めてで、会場の期待感や熱に包まれた空気に少しどきどきしてしまう。
タオルを首にかけている人や、うちわを持っている人、グッズを買い込んで鞄が膨らんでいる人。
こうしてきょろきょろと見回している自分が、浮いているのではないかと心配になった。

「あ、そろそろ開場みたい。行くわよ」
「うん」

瑞歩からチケットを受け取って、ホールの中へ。
入り口で係の人にチケットを切ってもらい、中に入るとロビーに花がいくらか飾ってあるのが見えた。
関係者各位だったり、ファンクラブだったりの名前が添えてある。
ぞろぞろと客が入り、通路いっぱいに増えていく中、二人はアリーナの方へと入っていった。
高い天井、沢山の席の向こう、前方にはステージ、色々な機材が設置されている。

「わぁ……こういうとこ、初めて入った。結構広いんだね」
「そうねー。でも二列目だし、きっとHAYATOに気付いてもらえるって」
「えー、それはないよ。こんなにお客さんいるし。それに向こうはきっと顔なんて覚えてないと思うけど」

笑顔で何とも図々しいことを言いだす瑞歩に呆れつつ、ちょっぴり期待している自分がいたことは絶対に他言しない。
そんなことも知らずに瑞歩はますます笑みを深める。

「ハンカチ、ちゃんと持ってきた?」
「……一応持ってきたけど、絶対に無理だって」
「いいから、当たって砕けるの」
「砕けるの前提じゃん」

はあ、と深い溜息を吐いて肩を落とす。
ちなみに瑞歩の作戦は、借りたハンカチを持ってライブ中にこっそりアピールし、気付いてもらおうということで。
彼女の潔さはある意味で羨ましくなる。
この隣にいる親友のような度胸が欲しいと思いながら、開演するまで指定された席に座った。



リハーサルも終わり、後三十分で開演といった頃。
トキヤは控え室で一人、備え付けの小さなモニターを見ていた。
そこには会場内の様子が映されているのだが、その中に彼女がいると思うと気分が高揚した。
彼女を見つけたその時は、必ず礼を言いたい。
間接的にしか伝えることができないが、あの手紙に救われたこと。
彼女が手紙の中で、どうしても助けてもらった礼が言いたいと綴っていたが、今、まさにそんな気分だ。
ふと時計を見る。
まだ時間がある――貰ったのど飴、最後の一個を包みから出し、口に含ませた。



場内の照明が消えると共に音楽が鳴り響き、開演を報せる。
談笑していた客達は一瞬静かになったと思うと、黄色い歓声をあげる。
何百人という観客の声が集まると凄まじく、鼓膜が圧迫されるような感覚がして、少し痛い。
そんな何百人の熱に包まれ、盛り上がる中でステージにまばゆいライトが照らされ、HAYATOが現れた。
客の歓声は更に場内の空気を揺らす。

「あ……」

HAYATOは歌いながらステージの中央に立つと、不意にこちらを向いた。
目が合った瞬間、時が止まったような感覚に陥った。
愛想を振りまき歌っていた彼も、一瞬だけ目を張り、歌が止んだ。
客もどうしたのかと一瞬騒ついたが、彼がすぐに我に返ってまた笑顔で歌いだすと、何事もなかったかのように盛り上がる。
HAYATOが微かにこちらを見てウインクした……ような気がした。

「ちょっと!」
「ん?」

呆然としていると、瑞歩が指で肩をつついてきた。

「今の、優衣のこと絶対気付いたんじゃない!?」
「えっ……やっぱり、そう思っちゃう?」

騒がしい中でも聞こえるように、耳元で半ば興奮気味にそんなことを言われた。
自惚れだったらどうしようと思っていたところで、胸が躍る。
やっぱりあの時助けてくれたのはHAYATOだったのかと、高まる可能性に逸る気持ちを抑えることはできなかった。



あれは確かに、自分が持っていたハンカチだった。
そしてそれを持っていたのは、かつて助けた少女――手紙をくれた彼女だった。
来るとわかっていたのに、いざ姿を見つけると衝撃を受けた。
思わず、歌うのを忘れるくらい。

「ゴメンゴメン、いきなり歌詞すっ飛んじゃった〜」

軽く羞かしげに笑ってみせると、客席が沸いた。
HAYATOというキャラクターのおかげで乗り切れたというのはどうも癪に触るが、助かったのも事実。
勿論、歌詞は全てきっちりと覚えてきたし、歌も最低限のことはやってきた。
だからそれ以降の曲は難なく終わり、やがてMCに入る。
彼女に伝えるなら、今しかない。

「そういえば結構前の話なんだけど、ある番組収録でスタジオに向かってる時にこわ〜いお兄さん達に絡まれてる女の子がいてさ。急いでたんだけど、その子が今にも泣きそうだったから、つい助けちゃったんだよね〜」

はっ、とあの少女がこちらを見つめる。
真ん丸な目で、口を開けて。
客席からは羨ましいなんていう声がいくつもあがる。

「一応、正体は隠してたんだけど、バレちゃってたみたいでさー、わざわざお礼のお手紙と差し入れにのど飴くれたんだよね。のど飴が効いてるのかにゃー、最近、すっごく喉の調子が良くて助かってるんだ〜」

ますます、彼女の目が見開かれていく。
きっと確信したに違いない、彼女の判断は正しかったのだと。

「手紙もすごく優しい文面で、その子にお礼言いたいんだけど、どの子かわかんないからここで言っちゃおうかな〜。君のおかげで元気出たよ、ありがとう! あ、貸したハンカチは返さなくていいからね〜!」

黄色い歓声が、再び沸く。
本当はわかっている、彼女に直接言いたかった。
けれど、彼女が感極まって泣いているのを見て、ほっと安堵した。
伝えたい思いが、伝えたい人に伝わった。
それだけでもう、満足だ。



「もう、あんなこと言うからまたこのハンカチ使っちゃったじゃん!」
「よかったね、ばっちり覚えられてて」

ふふ、と向かいのテーブルで満足げに微笑む瑞歩。
ライブが終わってから、二人は近くのファミレスで余韻に浸っていた。
HAYATOがMCで話していたのは、自惚れではなく優衣のことだった。
それが嬉しくて、幸せで、堪え切れず泣いてしまい、洗ってアイロンまでかけたハンカチを再び濡らしてしまう羽目になったのだ。
返さなくていいと言われてしまったので、もう諦めていただくことにしようと思う。

「本当にありがとね、瑞歩。瑞歩がいなかったらあたし、ずっともやもやしてた」
「いいのよ。ひょっとしたらキューピッドになれるかもしれないし?」
「へっ?」

含みのある笑みを浮かべる瑞歩の言葉に、優衣の目が点になる。

「さ、そろそろ帰りますか」
「ちょっ、ちょっと、今のどういう意味!?」

席を立つ瑞歩の後を慌てて追う。
会計を済ませて店を出ても、彼女は何も教えてくれなかった。
ふと、ここから見える会場を振り返る。
祭りの後のように、何だか少し切なくて胸がきゅっと締め付けられた。

「すみません。春日優衣さん、ですね?」
「えっ?」

そんな中、近付いてきた男。
店の看板や照明、街灯から降る光に照らされたのは、あの時と同じ帽子だった。




 

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