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「はー、つっかれたー!」

よく冷房の効いたショッピングモールの、フードコートにて。
夏休みの影響か、普段よりも家族連れやカップルなどで賑わっている中、ようやくテーブルと人数分の席を確保して、疲労で怠くなった足腰を休めることができた。
テーブルには、ファーストフード店のハンバーガーやフライドポテト、ジュースなどが無造作に並んでいる。
お昼時に加え、先程まで散々に歩き回ったせいで、ひどくお腹が空いてしまった。
熱を帯びたポテトの匂いが、余計に空腹を刺激する。
ソファーの席には、大量に貰ったり買い込んだ、道具が入った袋と段ボールの山が積まれている。
どれもこれも、劇に使うものばかり。

「これで大方、必要なものは買えたんじゃない?」
「残りは商店街の方見て、後は持ち寄れそうなものがあれば集めていくって感じか」
「王子様の衣装、上手く借りられるといいんだけど……」
「おもしろ雑貨のコスプレグッズ、案外高かったもんな。ありゃ余裕で予算オーバーするわ」

制服を纏った数人の男女が、ポテトを摘まんで貪りながら、真面目な顔をして話し合う姿は、夏休みという開放的な空気には似つかわしくないものだ。
今日は朝から近所で最も大手のショッピングモールで買い出しの後、学校に戻って早速、準備に取りかかる予定である。
今頃、教室では役者たちに台本を渡され、台詞の読み合わせが始まっていることだろう。

「そういえばお前、さっき余計なもん買ってなかったか?」

大道具担当の大柄な男子が怪訝な顔をして、小道具担当の赤縁眼鏡が特徴的な女子に突っ込む。
赤縁眼鏡の彼女はにやっと笑い、自分のすぐ後ろに置いていた長方形型の袋から、何やら雑誌を取り出した。

「じゃーん! HAYATO様が表紙の雑誌だよ!」

自慢げに見せつけられた雑誌の表紙を見た瞬間に、優衣の心臓は勢い良く跳ね上がった。
思わず衝動的に大声を出しそうになってしまったが、かろうじて堪えて。
毎朝、テレビで見ているはずなのに、こうして不意打ちで見せられると、わかりやすく動揺してしまうものである。
唯一の理解者である瑞歩も今はいないので、フォローしてくれる者は誰もいない。
実に、危なかった。

「お前な、いつの間にそんなもん買ってたんだよ」
「だって見つけちゃったんだもーん! このHAYATO様、超可愛くない!?」
「あんた、そんなにHAYATO好きだったっけ」
「あれ、言ってなかった? CDは全部買ってるし、おはやっほーニュースも毎朝しっかり録画して見てるんだから!」
「筋金入りだ……」

びっくりして固まっている傍で、そんな会話が続いていた。
まさか、ここまで熱狂的なファンが身近にいたとは。
そのHAYATOと自分が付き合っているなどと彼女に知れたら、果たしてどうなるのだろうか。
恐ろしくて想像もしたくない。

「でもHAYATOってさ、歌ビミョーじゃね?」
「あいつ、絶対芸人の方が向いてるよな」
「ちょっと、私の前でHAYATO様を愚弄するなんて許さないよ!」
「うわ、こえー」

身近にいる男子たちからの評判は、あまりよろしくないらしい。
赤縁眼鏡の彼女が前のめりになって憤怒している傍ら、優衣は少しばかり心を痛めていた。

「でもさ、確かに最近のHAYATOの歌ってちょっとアレだよね。この間、テレビで聴いたけど」
「あ、それわかる。ずっと前に聴いた時の方がよかったかも」

彼がどんなに必死に足掻いて努力し続けていても、世間には結果しか見えないのである。
そんな中、HAYATOを熱く応援し続ける彼女は、彼にとって大切な存在だ。
感謝しなければいけないはずなのに、どこか複雑な気持ちを抱いてしまうのは何故なのだろうか。
ぼんやりと、誰にも知れず物思いに耽っていると。

「そういや、春日さんもHAYATO好きなんじゃなかったっけ」
「へっ?」

急に名を呼ばれ、はっと目の前に焦点が合う。
気付けば、彼らの注目がこちらに浴びせられていた。

「えっ、まじかよ。意外すぎんだけど」
「そんなタイプじゃなくね?」
「うん、HAYATOさんは好き、だよ」

信じられないと言わんばかりの視線に、歯切れ悪く答える。
『好き』の意味に、HAYATOファンの彼女とは別の思いが込められていることなど、彼らは知らない。
その彼女はきらりと目を輝かせ、優衣の手を握ってきた。

「やっぱりわかる人にはわかるんだって! ね、春日さん!」
「う、うん、そうだね」

純粋に寄り添ってくれている彼女を裏切っている気がして、ひどく申し訳ない気持ちに駆られて。
彼女と目を合わせるのが怖かった。



「さて、そろそろ学校に戻りますか!」

休憩も終わり、ショッピングモールを出ようとしたところで。
ふと、鞄に携帯が入っていないことに気付いて、血の気が引いた。

「あれ、ない」
「どうしたんだ?」
「携帯、さっきのとこに忘れてきちゃったかも」
「それやばくね?」
「ちょ、ちょっと見てくる! みんなは先に行ってて!」

焦燥に駆られて、クラスメイトたちを置いて急いで来た道を戻った。
他人に携帯の中を見られるとまずい。
さすがにそこまで見られはしないだろうが、電話やメールの履歴には、彼の名があるのだ。
人混みの中を掻き分けて、ようやくフードコートに戻ってくると、先程まで自分たちが座っていた席を探す。
昼過ぎになっても、未だほぼ満席状態。

「あっ」

ようやく元いた席を見つけて辿り着くことができたのだが。
そこに座っていたのは、かつて出会ったことのある、桜色の髪の女の子だった。


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