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生温い熱気の中、心地好い解放感に包まれた教室は、担任が出て行ってから、一際賑やかになった。
次々とクラスメイトたちが待ってましたと言わんばかりに席を立ち、仲の良い友たちと楽しそうに言葉を交わしている。
誰も彼も、それはもう清々しい顔だ。
瑞歩もうんと身体を伸ばしながら、爽快感に満ちている。

「いやー、とうとう夏休みね!」
「って言っても、明日からもどうせ来なきゃいけないし、あんまり夏休みって感じしないけど」
「授業があるのとないのとでは大違いよ」
「それもそっか」

彼女の言い分にすんなりと納得して、軽く笑ってみせた。
確かに、行事に打ち込む時間と勉強に打ち込む時間とでは、心持ちが違う。

「演劇部の連中は早速、昼からビデオ観ながら劇の台本作るんだってさ。張り切ってるよね」
「あ、それ。あたしも参加することになってるんだ」
「あれ、そうなの?」
「衣装の打ち合わせも一緒にやりたいからってさ」
「そっか。私も昼から部活あるから残るし、一緒にお昼食べようよ」
「うん!」

そうと決まれば、机の横にかけてある鞄から財布とお気に入りのタンブラーを取り出す。
瑞歩が鞄の中に筆記用具や教科書などを入れ、テニスバッグと共に持ったのを確認して、席を立った。
今日から早速、文化祭に向けての準備が始まる。
一応、粗方の予定は最初のクラス会議の際に決められたわけなのだが、これからの進み具合によって今後の予定も変動してくる。
早く進めば拘束時間は減るし、遅ければその分、学校に来る回数も増えてくる。
そうなると、トキヤと過ごせる時間も限られてくるのである。

「はー、上手く進めばいいなぁ」

騒めく廊下を歩きながら、溜息混じりにぼやく。
それを横で耳にした瑞歩は、にぃっと口角を上げて。

「大好きな彼のためにも?」
「なっ! 何を言い出すかないきなり!」
「だって、そういうことでしょ?」
「ま、まあ、そうだけど……」

彼のことを突っ込まれると、何だか恥ずかしくて、ほんのり顔が熱くなった。
どうしてこうも見透かされてしまうのだろうか。

「そういえば最近、会えてるの?」
「うーん、最後に会ったのが二週間前だったかな。この間、電話した時に予定聞いてみたんだけどさ、見事に合わなくって」
「そっかー。向こうも忙しいもんね」
「うん……」

思い出した途端、気分が急激に沈んだ。
顔の熱も、何事もなかったかのように一瞬で引いてしまった。
たとえ会えなくても、会える時のために、互いにやるべきことを頑張ろうと約束したのに。
テレビなどで彼の姿を見た時、ふとした瞬間に、どうしても会いたくなってしまう。
それは冷たく降る粉雪となり、少しずつ心の底に積もっていく。
その度に、いい子にしていなければと、自身に強く言い聞かせるのであった。



どっしりとした疲れに襲われた身体を重く引きずり、廊下を歩く。
外は既に闇夜が広がり、真っ暗である。
いつものおはやっほーニュースから始まり、バラエティー番組の収録に、雑誌のインタビューにと、今日も一日中、拘束されていた。
やはり、HAYATOの調子で一日中振る舞うのは、ひどく体力を消耗する。
こればかりはどれだけ続けていても、慣れたものではない。

「あれ、イッチー。今帰ったの?」
「レン」

足下に向いていた視線が、不意にかけられた声に引き寄せられた。
ちょうど自身の部屋に戻ってきたらしいレンが、少し驚いた顔でこちらを見ている。

「ええ。仕事と、それから少し用事があったものですから」
「そう、それはご苦労さま。あぁ、そういえば……どう、例の子猫ちゃんとは上手くいってる?」

影が近づき、耳元で静かに、彼の唇が悪戯に綺麗な弧を描く。
心身共に疲れきっており、心に隙が生まれている中で不意を突かれて、思わず狼狽えてしまった。

「なっ! こ、こんなところでその話はやめてください。誰かに聞かれたらどうするんですか」

慌てて声を潜めて訴えるも、彼は全く悪びれることなく。

「やだなぁ、ちゃんと周りに人がいないか確認してるって」
「まったく……」

心臓に悪い。
そう呟く気力もなく、代わりに深い溜息が出て、すっかり力が抜けてしまった。

「で、どうなのかな?」

一方、彼は未だ愉快に笑みを浮かべたまま、やや詰め寄る。
興味本意で話を掘り返すのはやめてもらいたいものだが、彼も協力者ではある。
そう思うとついつい拒めず、渋りながらも答えてしまうのであった。

「……まあ、なかなか会えてはいませんが。連絡は小まめに取っていますし、何ら問題はありません」
「そう、それはよかった」
「あなたに心配されるまでもありません」
「それは失礼」

少々見栄を張って素っ気なく言うと、レンは肩を竦めて軽く苦笑してみせた。
やはり、彼に悪気は一切ないようである。

『トキヤさんに会いたい』

彼女の言葉が、脳裏に響く。
仕方ないことはわかっているし、彼女も充分にそれは理解しているはず。
だが、彼女に寂しい思いをさせてしまっていることに対する罪悪感は、ほのかに胸を刺して、痛みが広がる。
それに何よりも、自身こそが彼女に焦がれ、強く欲している。
会えない時間が続く分、疲れ果て渇いた心と身体は癒しを求めて彷徨い続ける。
そして、彼女に会えるのなら――その思いこそが、自身を追い詰めてしまっていることに、トキヤは気付いていなかった。


 

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