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お昼休みが終わった後の、授業の時間帯。
食後ということもあり、体がぽかぽか温かく、心地好い眠気に誘われる。

「多数決の結果、演目は『シンデレラ』に決まりだな。それじゃあ次に、配役と裏方を決めていくぞー」

今日のこの時間は、クラス会議。
優衣は席で呆然と、前方の教壇に立つ体育会系の陽気な担任教師と、その背後に大きく構える黒板を眺めていた。
隣では、親友の瑞歩が空笑いしている。

「……あはは。文化祭の存在、すーっかり忘れてたわ」
「せっかく、補習逃れたのにぃ〜」

大きく肩を落とし、半泣き状態で嘆く。
この夏休みは、トキヤに捧ぐと決めていたのだ。
そのために大嫌いな数学のテスト勉強も、それは必死に頑張った。
しかし、優衣は大事なことを失念していた。
来る、夏休み明けの文化祭。
一年生と二年生は演劇、三年生は模擬店を出すことを、クラス毎に定められている。
よって、夏休みはこの文化祭のための準備期間となる。
大量に出された宿題をこなしながら、毎日のように学校に来て、舞台の準備や練習をしなければならないのである。
学業だけでなく、行事に追われるのも学生の仕事。
致し方ないことではあるのだが。

「な、なんか楽そうなのないかなぁ」
「コラそこ! やる気ない発言しない!」
「そうだよ。ちょっとリア充になったからって、調子に乗るな!」
「冗談ですー!」

ほんのちょっぴり本気だったなんて、こういった行事には厳しい友人たちには言えない。
ただでさえ、彼氏ができたと知られてしまった時は根掘り葉掘り聞かれ、しかし答えられる情報があまりにも少なく、散々に疑われる羽目になってしまったくらいだ。
彼女たちを刺激しないに越したことはない。
それに、こういった行事が嫌いなわけではなく、むしろ楽しみたい。

「はいはい、静かにしろー。じゃあ、何かやりたい役ある人ー!」
「はいっ!」

ざわざわと騒がしくなる教室を担任が仕切り、意志を募った直後。
すかさず手を挙げたのは、他でもない優衣である。

「おっ、春日。やる気満々だな! さては主役の座でも狙って」
「あたし、衣装係やります!」
「うん、そうか! やっぱりシンデレラか!」
「違います先生!」
「はいはい、衣装係な」

こういった冗談を言い合えるのが、この気さくな担任のいいところではある。
大衆の面前で芝居なんて、全くもってできる気がしない。
音響や照明だって、責任重大だ。
残された自分の技能が活かせる役割といえば、衣装作りなのである。

「よし、頑張る!」

みんなでより良いステージを迎えられるよう、そして少しでもトキヤに時間を合わせられるよう、意気込むのであった。



しかしながら、何とも間が悪く。

「あのっ、その他に空いてる日ってありませんか? 一日じゃなくていいんです! 一時間とかでもいいんです!」
『そ、そうですね……その次の火曜なら、少しだけ時間が取れそうなのですが』
「な、何時ですか!?」
『夕方の四時頃になるかと』
「四時!? 駄目だ、合わない……」

部屋に籠ってベッドに寝転び、携帯を片手に必死になって広げた手帳を指で辿る。
彼が提案してくれる貴重な時間を、次々と確認していくのだが、ことごとく予定が既に埋まっていた。
主に、文化祭に関する予定である。
あまりの間の悪さにすっかり心が折れてしまい、シーツに突っ伏す。
そして落胆のままに唸っていると、電話の向こうから案ずるトキヤの声。

『あの……夏休みの間も随分と忙しそうですが、何かあるんですか?』
「実は、夏休み明けに文化祭があって……うちの学年はクラス毎に演劇をやることになってるんですけど、その準備とか練習で夏休みも学校に行かなきゃいけないんです……」
『なるほど、演劇ですか。優衣のクラスは何をやるんですか?』
「シンデレラです。ベタですけど」

思いの外、彼が食い付いてきた。
アイドルであり、役者でもあるわけなので、当然といえば当然なのかもしれない。

『それで、君は何を?』
「衣装係です。場合によっては大道具とか小道具とか、手伝うこともあるんですけどね」
『演じる側ではないのですか?』
「む、無理ですよそんなの! 緊張してセリフすっ飛んじゃいそうだし!」

全力で否定すると、彼はふふっと小さく笑った。

『それはいけませんね』
「うぅ……とまあ、そういうわけで。せっかく夏休みにはいっぱい会えると思ったんですけど……」

何となく恥を掻いた気がしなくもないが、それよりも今は時間が合わないことへの絶望感の方が大きく、どんどん気分が落ちていく。
楽しみにしていた文化祭が、ちょっぴり憎くなるくらいには。

『仕方ありませんよ。優衣には優衣の仕事があるわけですから』

嗚呼、こんな時に彼の優しさが温かく心に沁みる。

「はい……で、でも! できる限り時間は作りますから! なるべく作業も宿題も頑張って早く終わらせます! だから!」
『無茶はいけませんよ。既に君には散々無理言って、予定を合わせていただいていますし』
「無茶じゃないです! ちょっとでも多くトキヤさんに会いたいから……だから……」
『私も同じ気持ちです。でも、君のその気持ちだけで充分、私は嬉しいんですよ』
「トキヤさん……」

優しく言い聞かせるような口調で、彼は言う。
まるで自分が駄々を捏ねていたみたいで、情けなく思えてきた。
だけど、会いたい気持ちに変わりはないから。

「あたし、やっぱりトキヤさんに会いたいです。だから、その、無茶しない程度に頑張って、時間作ってみせます! それなら、いいですよね?」
『そう来ましたか。そうですね……それなら私も、君に会えるよう、頑張って時間を作りますよ』
「あ、む、無理しないでくださいね!」
『どの口が言いますか』

うっかり軽く咎められてしまったが、やっぱりこうして互いに思いやれる関係が、とてつもなく愛おしくて。
彼という存在が、元気をくれる。

「ねえ、トキヤさん」
『何ですか?』
「大好きです!」
『なっ! どうしたんですか、急に』
「何となくです」

さすがの彼も、驚いた様子。
面と向かってなんて、きっと恥ずかしくて 言えたものではないけれど、今だからこそ、不思議とすんなりと言えてしまった。
面食らう彼の表情を想像して、優衣は小さく悪戯な笑みを溢した。


 

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