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「そんなの、聞いてません!」

思わず立ち上がって、身を乗り出して、レンの向こうに立つトキヤに向かって心からそう叫んでいた。
ばつが悪そうな彼の顔、そして目の前にある確信を持ったレンの笑みを見てすぐに、我に返った。
自分は今、致命的なことを口走ってしまったのだと、遅れて認識して、反射的に鋭く息を呑み、手のひらで口を覆った。
無論、今更そんなことをしても、無意味であることは理解している。

「やっぱり、そういうことか」

もう、引き返すことはできない。
奥歯を強く噛み締め、彼らから目を逸らして、視線を落とす。
室内に響き渡る無音の中で、時計の針が一秒一秒、いやに主張して時を刻む。
たった少しの間が、やけに長く感じられて、そして冷たかった。

「規則には一番厳しかったはずのイッチーが、ねぇ」

その声に、再び視線を戻した。
レンは、背後で表情なく立ち尽くすトキヤを振り返る。
その視線と言葉は、明らかに非難であった。
どこか苦い表情を浮かべるトキヤを、不安と焦燥の中で見守っていると、彼はとうとう観念した様子で溜息を溢した。

「彼女は、私に必要な存在でしたから」

重々しく放たれた言葉は、優衣の心の中へ深く沈んだ。
反動で、様々な感情が溢れてくる。
罪悪感と、彼の真剣な想いに対する嬉しさと、そして、彼が『恋愛禁止令』について黙っていたことへの不満。
それらに耐えるように、ぐっ、と強く拳を握り締める。

「へえ、規則を破ってでも?」
「許されたことではないのは、重々に理解しています。自分がどれだけの危険を冒しているのかも。何度も彼女を諦めようとも思いました。でも、できなかったんです」
「覚悟は、決まってるんだね」
「ええ。初めてだったんです、こんな気持ちになるのは。リスクを冒してまで、人を愛したいと思うなんて……」

彼の強固たる意志が、その涼しげな瞳に宿されていて、熱く燃え上がっていた。
その熱は声に、言葉に、その姿勢にも帯びていて。
熱にあてられた胸は息苦しく、じんわりと涙が浮かび上がる。
詰まった声は震え、掠れて出てきた。

「トキヤさん……なんで……なんで、言ってくれなかったんですか」
「すみません。君には、余計な気を遣わせたくなかったんです」
「でも、これって大事なことじゃないですか。トキヤさんが解雇、なんて……あたしたち、本当に一緒にいて大丈夫なんでしょうか。会うの、もうやめた方がっ」
「それが余計な気遣いだと言うのです。君は何も考えず、私に全てを委ねればいい」
「でも!」

納得がいかず食い下がる優衣とは対照的に、トキヤは落ち着きを払い、優しい微笑を湛えていた。
それは、優衣の大好きな微笑であった。

「私が決めたことですから。それに私なら、社長にバレないように上手くやる自信があります」
「ほ、ほんとに……?」
「私を誰だと思っているんですか」

自信たっぷりに、堂々と。
それはいつもの彼らしい態度で、何故だか安心してしまって、すっかり緊張の糸が切れてしまった。
力が抜けて呆けていると、レンがふっと笑った。
それは、先程までの何かを探るような冷たい笑みではなく、純粋に友を見守るような、温かな笑みだった。

「変わったね、イッチー」
「ええ、自分でもそう思います。以前の私なら、このようなことは絶対に考えなかったでしょうね」

肩を竦めて苦笑して見せるトキヤだが、しかしどこか楽しそうで。
呆然とふたりの会話を眺めていると、ふと、レンと目が合う。

「この子猫ちゃんが、あの堅物イッチーを変えちゃったわけだ」
「堅物?」
「学園時代のイッチー、他人のことなんてこれっぽっちも興味ないって感じだったからね。恋愛だって、人間の錯覚が生み出したものにすぎないとかなんとか言っちゃってさ」
「えっ……そ、そうなんですか!?」
「レン、彼女に余計なことを吹き込むのはやめてください」
「だって、事実じゃないか」

悪戯じみたその口ぶりは、実に愉快であった。
一方、不愉快に顔を歪ませるトキヤの眉間には、皺が増えていくばかり。
どうやらこの神宮寺レンという男、トキヤの一枚も二枚も上手を行くようだ。
それにしても、トキヤが真面目な人間であるということは、日頃からよく感じていたことだが、学園時代の彼の一面に、何となく衝撃を受けた。

「トキヤさんが、そんなこと言ってたなんて……」
「イッチー相手じゃ大変だろう。オレでよければいつでも相談に乗るよ」
「なっ!」
「えっ、それって!」
「イッチーは大事な友達だし、子猫ちゃんだって、もうオレの友達だ。友達の恋を応援しないわけにはいかないだろ?」
「レン……」

ウインクする仕草も、また様になっていて。
何より、近寄りがたく感じていた彼に、次第に親しみを感じるようになって。
なんだか無性に嬉しくなって、思わず笑みが溢れた。

「神宮寺さん!」
「レンでいいよ。イッチーも子猫ちゃんも本気みたいだし、協力させてもらうよ」
「あ……ありがとうございます!」

彼がこの部屋を踏み荒らしてきた時は、どうなるかと思ったが……。
理解者がいてくれるだけで、心強い。
苦手意識を抱かせていた彼の甘い香水の香りも、今は気にならず。
ちら、とトキヤの顔を一瞥してみると、彼も解き放たれたように、力なく笑みを浮かべていた。


 

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