08/06 ( 00:00 )
8/6 in 2014

一ノ瀬トキヤ生誕祭ということで、ものすごくギリギリですが何とか小話書きあげました。
お誕生日おめでとうございます。
一ノ瀬トキヤという存在に心から感謝と祝福を込めて。

別れさせられて一年後、交際を認めてもらえるようになって、復縁して初めてのお誕生日。




ふたりが違った道を歩むことを定められたあの時に、もう二度とこんな日は来ないのだと覚悟していた。
ただ彼の世界の外で、人知れず密やかに、一ノ瀬トキヤという存在がこの世に生まれてきたことに感謝する。
たくさんの輝ける思い出をくれた彼、テレビの向こうでたくさんの勇気をくれる彼、もう会えないけれど大切な彼が誕生した、特別な日。
例え彼に伝わることがなくとも、呪いにでもかかったようにただひたすら想い続ける。
そうして何度も何度も、年月が廻っていくものだと思っていた。
だから、まさかもう一度、こうして彼の傍でその特別な日を迎えられるだなんて、あの時の自分は考えもしなかった。

「ねえ、トキヤくん」

こんなにも気分が昂って落ち着かないのは、きっとそのせい。
あと十分程で、日付が変わる。
大切な日がやってくる。
そう思うだけで期待に胸が満ちて、逸る気持ちを止められなくて、ついついこうしてベッドの上で、ベッドサイドに腰を下ろす彼の背中にじゃれついてしまうのであった。

「何ですか?」

付き合いのいい彼は振り返り、温かく微笑んで声をかけてくれる。
その澄んだ柔らかな声色はとても心地が好くて、彼の背中の温もりを頬で感じながら、そっと下りてくる瞼を逆らうことなく閉じた。
しかしつい呼んでしまったはいいが、まだこの抱く言葉を伝えるべき時ではなく。

「ううん、やっぱり何でもない」

緩みきった口元はそのままに、はぐらかしておいた。
一瞬、きょとんとしてしまうトキヤだったが、先程からやけに楽しそうに笑みを浮かべる優衣を見て、微笑ましげに目を細めた。

「妙に嬉しそうですね。何かいいことでもあったんですか?」
「うん、あるよ。とってもいいこと」

ふふん、と軽く笑いながら、彼の背中に自らの背中をそっと預ける。
適温に設定されたクーラーが夏のまとわりつく熱を冷ましてくれているので、ますます彼の体温が心地好く感じられた。

「そんな風に言われると、気になってしまいますね」
「トキヤくんにはまだ秘密」
「まだ、ということはいずれ教えていただけるということですか?」
「うん。もうちょっとしたら教えてあげるね」

秘密と言いながら、きっと顔にはもう表れてしまっている。
察しのいい彼のことだから、本当はもう秘め事の正体なんてとうに分かりきっているのだろう。
それでもこうして優衣に付き合ってくれているのだ、だって彼は優しいから。
そっと携帯の画面を覗くと、日付が変わるまであと数分。
早く時が過ぎればいいのに。
時間が経つのがいやに遅く感じられて、もどかしく思った。
ちなみに本来ならばもう就寝している時間帯だが、せっかく泊まりに来たのだからたくさん話がしたいと、無理を言ってこの時間まで起きてもらっている。
嫌な顔一つせずこうして付き合ってくれる彼には、申し訳なくも嬉しくて。

「トキヤくん、大好き」

思わず小さく言葉を溢すと、ぴくりと彼の背中が動いたのが背中越しに伝わった。
そして、いつも落ち着いている彼の僅かに上擦り揺らぐ声。

「君は時々、大胆になりますね」
「いつだって素直な気持ちを聞かせてほしいって言ったのは、トキヤくんだよね」
「それは、まあ……そうなんですが」

溜息混じりに、きまりが悪そうに声のトーンが落ちた。
普段冷静な彼を翻弄している気になって、ちょっぴり愉快だった。
不意に、再び携帯の画面を見る。
そうしている間にもう間もなく、来るべき時がやって来る。
ようやく、優衣は衝動のままに動き出すのであった。



突然、背中に感じていた温もりが消えた。
不意を突かれてたじろいでいると、彼女はすかさず自分の隣に移動していた。
躍動感に満ちた真っ直ぐな瞳に見上げられ、思わず胸が高鳴った。

「優衣……?」
「トキヤくん、お誕生日おめでとう」

至極柔和に、彼女は笑った。
慈しまれた言葉はひどく温かく、トキヤの中に沁み渡り、熱を帯びて広がっていく。
強く揺さぶられた心は充分すぎるほどに満たされ、言葉を詰まらせてしまった。
微かに震える指先に、彼女の小さな手が重ねられる。

「またこうして一緒にお祝いできてよかった。あたし、ずっと今日を楽しみにしてたんだよ」
「優衣……」
「生まれてきてくれて、ここに存在してくれて、本当にありがとう。トキヤくんと出逢えたから、あたし、強くなれたんだよ」

鼓膜を心地好く揺らしてくれる優しい声、真っ直ぐに映してくれる純粋な眼差し、指先を包んでくれる温もり。
彼女は今、ここにいる。
こうして触れられる距離に、彼女が確かに存在しているのだと実感できて、実に至福であった。

「もう二度と、こんな風に君に祝ってもらうことはないと思っていました」

一年前の今頃、友人達の祝福を受けて、少し擽ったく思いながらも自分は恵まれているのだと感じられた。
しかし、決定的に何かが足りなかった。
一番に祝福してほしい存在はもう遠く見えないところへと消えてしまい、人知れず虚無感のようなものが胸を支配していた。
ずっとこれが続くのだと思っていた。
いつまでも、いつまでも、永遠に……。
だからこそ、かつては当たり前のように思っていた優衣と過ごす一時に、これ以上ない歓びを感じる。

「ありがとう、優衣」

彼女のいる世界に生まれ落ちたことに、彼女と巡り会えた奇跡に深く感謝して。
そっと華奢な肩を抱き寄せ、指で前髪をよけて額に口づけを一つ。
すると彼女は一瞬、肩を小さく揺らし、擽ったそうに笑みを零して背中に腕を回した。

「うん。これからもよろしくね」
「ええ、こちらこそ」

改めてもう一度、同じ道を共に歩んでいけるように。
強い願いを抱きながら、トキヤは彼女の唇に優しい口づけを落とした。



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