03/13 ( 22:56 )
壁を壊して

いつかセレナーデの連載に入れようと思ってるシーンですが、フライングで。
逆転裁判風に言うと、黒いサイコ・ロックを無理矢理ぶっ壊しにいくイメージです。



彼女が笑みを浮かべるまでに、一瞬の間があった。
他の人間なら気にも留めることはないであろう、真に一瞬の空間。
トキヤがこれに気付いたのは、自分の前で不満や我儘を一切言わない彼女に対して、小さな不信感を抱くようになった時である。
そして、次に彼女が発する言葉にも、予想がついた。

「ううん、大丈夫です!」

大丈夫、平気、なんでもない。
たとえ彼女に何かが起きていても、彼女はこう言うのだ。
これは彼女の悪い癖。
この時、トキヤは彼女との間にとてつもなく厚い壁を感じる。
彼女はいつだって素直だ。
純粋に温かな愛情を向けてくれるし、強く信頼を抱いてくれている。
それが普段の彼女への印象。
しかし、いざ、彼女の懐に近付こうとした時、ひどく拒絶される。
言葉もなく、見えない何かによって。
それが強がりなどではなく、彼女の本能的な防衛反応であることをうっすらと感じるようになったのは、最近のこと。
何故、そう言い切れるのか。
それは、嘘が下手な彼女が、あまりにも自然に振る舞うからである。

「……優衣」

隣で寄り添う彼女の肩を抱く。
不思議と、温かいはずの彼女が冷たく感じられた。
壁の向こうにある彼女の心に触れることができないもどかしさを抑えて、せめて彼女の傷を外側から少しでも癒せるように。
優しく、繊細に、慈しみを持って、彼女に触れる。
そしていつの日か、優衣の心そのものに触れられるように――そう願っていた。

「トキヤさん?」

しかし、彼女の心の壁は頑丈で、いつまで経っても手が届くことはない。
そして焦りと苛立ちばかりが募るのであった。

「君は……」

一瞬の、躊躇い。
手荒な真似はしたくない。
そう思ってきたが、先が見えない今、とうとう禁断の領域に踏み込む覚悟ができた。
この先を言ってしまえば、もう元には戻れない。
それでも、今のままでいるよりは――

それが過ちだとしても、止まることはできなかった。


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