02/16 ( 09:34 )
縛られる者

ミスト・ベルデューク博士とハイリー。
ベルデューク親子のことを考えると切なくなります。



「私は、迷っているんだ」

ミスト・ベルデューク氏は、どこか憔悴したような様子で語った。
きっかけは、数日前の落雷。
不運にもあれは忌まわしき鐘楼が眠っていた場所に落ち、恐怖の記憶の対象である悪魔が姿を現した。
全ての始まり――この街の、始まりが。
彼には思うところがあったらしい。
『錬金術師の家』に呼び出されたハイリーは、その主と密談していた。
執事のアルグレイに誰も部屋に入れぬように言いつけ、細心の注意を払って、そして彼は言ったのだ。

「私たちの身勝手な我儘で、このまま街の住人たちを騙し続けていいものなのか。これが本当に、正しい選択なのか」

それは、ハイリーが近頃抱いていた苦悩と同じものだった。
魔女裁判を目で、肌で感じ続けるうちに、恐怖へのストレスと共に募り出した疑念。
次第に、じりじりと精神が追い詰められていく。
どうやら彼も、疲れてしまったようだ。

「今更、やめることなどできないのは解っている。だが」
「罪悪感はいつでも、付いて回る。マホーネと……クローネを護りたい。その一心で今まで突き進んできたはずなのに」
「ハイリー……君を巻き込んでしまったことは、申し訳ないと思っている」
「いいえ、これはわたしの意思で選んだ道ですから。ただ、迷いが生じてしまっただけで」

気を遣っているわけでも、何でもない。
大好きな人たちのために信じて選んだ道、これは本当のこと。
だが、それに振り回される民たちを、素知らぬ顔で見ているのが、辛くなった。
それだけのことなのだ。

「わたしたちはいつまで、こうして生きねばならないのでしょうか」
「それは……『彼』次第、なのかもしれない」

この街を創り出した、創造主――ストーリーテラー。
街の運命は全て、彼に委ねられている。
彼は知っているのだろうか、街の人たちの、我々の苦しみを。

「……そろそろ客人が来る頃だ」

すっ、と腰を上げるベルデューク。
錬金術師と呼ばれる彼の薬を求めて、街の人たちが訪れることが多々ある。
今日も、予定が入っているらしい。

「また、いつでも来なさい。ここは心の内を打ち明けられる、唯一の場所だ」

そう言って、彼は頭を撫でた。
父親のように、優しく大きく、温かく。
親のいないハイリーの渇いた心に、ひどく沁みて、無性に涙が出てきそうになった。
どうか、その温もりを実の娘に与えてやってほしい。
強い鉄のような心を持つ『彼女』の、隠された寂しさを思い出して、きゅっと拳を握り締めた。


錬金術師の部屋は、ハイリーにとって心の拠り所になった。
ジョドーラには申し訳ないと思ったが、どうにも耐えられなかったのだ。
しかし、ハイリーは理解していなかった。
自分という存在もまた、彼を追い詰めていたことを。
それを重く知ることになるのは、彼が殺害されたとされる日から三週間が経った頃。

青いスーツの弁護士が弁護席に立った、二回目の裁判。
彼が自殺を図ったという事実が明らかになり、パトラス・アルグレイが彼の綴った遺書を読み上げた。
その内容は、ハイリーの心を抉った。


そして、『彼女』が復讐の道を選ぶのを、止めることもできずにただ立ち尽くすのであった。



back



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -