12/24 ( 23:01 )
聖なる夜に Shall we dance?

メリークリスマスってことで、性懲りもなくトキ優衣です。
めっちゃ長くなりましたがこれでも削った方です。



この大きな空間をきらびやかに照すシャンデリアと、それを反射して輝く床。
外の夜闇を覗かせる窓の傍には、深紅のカーテンが控える。
汚れのない真っ白なテーブルクロスに覆われたテーブルの上には、軽食が並んでいる。
その空間にいる者は皆、華やかなオーラを放ち、正装に身を正していて。

「場違いだよ……これ、絶対場違いなやつだよ……」

部屋の片隅で、優衣は場の空気に気圧されて、体を縮こまらせながら震えていた。
いかに存在感を消すかと必死だ。
何せ、この場所にいるのは皆、シャイニング事務所に所属するアイドルや、作曲家たちなので、場違いというのは非常に的を得た言葉だった。
アイドルたちはもちろん、タキシードやドレスで華やかに着飾っていて、堂々たる佇まいで談笑している。
作曲家たちも少々の緊張感はあるようだが、それでもやはりシャイニング事務所の人間とあって、手慣れた様子で。
こうして、極度の緊張に挙動不審になっている一般人は、明らかに浮いていることだろう。
だからこそ隅で目立たないように立っているのだが。

そもそも何故、優衣がこんな場所にいるのか。
それは、一週間前に届いた郵便物がきっかけだった。

「ご褒美って言うけど……」

シャイニング事務所のクリスマスパーティー。
HAYATOを辞め、一ノ瀬トキヤとしてデビューした彼は、最初はかなりの批判も浴びせられたようだが、みるみるうちに人気を伸ばしていった。
事務所も、彼の実力と努力は認めている。
その褒美として、何故か優衣がそんなものに呼ばれてしまったわけだが、優衣にとっては拷問でしかない。
そうしてぽつんと孤独に身を置いていると、不意に、声をかけられた。

「優衣、こんなところにいたんですか」
「あ、トキヤくん……」

白いタキシードをきっちりと着こなす彼が、一際紳士に見えて。
思わず、胸がきゅんっと躍った。
彼はしばし優衣を頭の先から爪先まで眺めると、ふっと柔らかい笑みを溢した。

「よく似合っていますね。とっても綺麗ですよ」

他の誰でもない、彼に絶賛され、恐れ多くも嬉しくなった。
ちなみに優衣のドレスは友千香と春歌に選んでもらったもので、メイクやヘアセットはとあるメイクアップアーティストに全て任せきりにしてしまった。
こんなことは初めてだったので、戸惑いながらも少し期待感もあった。
完成して鏡を見た時、いつもと違う自分がいて、びっくりしたと共に感動してしまったくらいだ。

「ほ、ほんとに?」
「ええ。いつもの君と違うので、その……少し緊張してしまいますが」

どこか照れくさそうに微笑む彼が、なんだか可愛らしく思えて、同時に嬉しくて頬が緩んだ。

「それはこっちのセリフだよっ。トキヤくん、すっごく素敵なんだもん」
「惚れ直していただけましたか?」

そう言って確かめるように瞳を覗き込まれ、恥ずかしくて顔が熱くなってきた。
慌てて頷くと、悪戯っぽく笑われてしまった。
嗚呼、ますます恥ずかしい。
いつものように彼に翻弄されていると、突然、背後から腰に腕が回された。
トキヤの腕ではない。
反射的に声をあげながらびくりと体を震わせて、振り返ると。

「やあ、麗しのレディ」
「レンくん!」

綺麗な笑みを浮かべ、体を密着させてくる彼に、たじたじになっていると、トキヤの鋭い視線が向けられた。

「彼女は私の恋人です。手を出さないでいただけますか」
「やだなぁ、ちょっとした挨拶じゃないか。怖い怖い」

レンはばつが悪そうに、しかしおどけた調子で腕を解いた。
解放されてほっと息を吐いたのも束の間、何となく女性たちからの刺のある視線を感じて、優衣は小さく身震いした。

「……優衣、こちらへ」
「えっ?」

何かを感じたらしいトキヤは手招きすると、背を向けて歩きだした。
ついて来い、ということなのだろうか。
戸惑っていると、レンからの助け船が出された。

「行きなよ。イッチーも人の目が気になるようだし」
「あ……はい!」

レンの言葉で、ようやく察した。
トキヤの優しさを噛みしめ、履き慣れないヒールの靴で、先を行く彼の後を追った。
優美なクラシックのBGMと、人々の楽しげな会話の中で、ヒールが床の上を叩く硬い音が不規則に鳴り響く。
長いドレスの裾を踏んでしまいそうで、手で裾を持ち上げながら、不格好な歩き方になってしまって、それはそれは恥だった。
彼はやがて、大きな窓を開けて外へ。
続いて優衣もバルコニーへ出ると、ひんやりとした空気に思わず肩を震わせた。
暖房と、照明と、人の熱に当てられていた体が、急激に冷やされていく。

「さむっ!」
「確かに、それでは風邪を引いてしまいそうですね」

彼は苦笑してみせると、自らのジャケットを脱いで羽織らせてくれた。
じわり、と彼の温もりに包まれて、体が熱くなるのを感じた。

「これで少しは和らぐでしょうか」
「だ、だいぶ」

恥ずかしくて口ごもってしまったが、彼の優しさが何より温かかった。
夜空には小さな輝きがたくさん散りばめられ、庭は月明かりで青白く照らされていて、幻想的であった。
この辺り一帯がシャイニング事務所の敷地なので、スキャンダルの心配もない。
こんな場所で、開放的に、ふたりきりで。
彼に会うまでは帰りたいとさえ思っていたが、こうして招待してくれた早乙女に心から感謝した。

「あたし、こんなパーティー初めてで、もうどうしようかと思ってたんだけど……」
「お気に召しませんでしたか?」
「ううん。トキヤくんがいるから、むしろ幸せ」

こうして照れくさくも素直に言えてしまうのは、この開放的な環境のおかげか。
トキヤは一瞬面食らい目を丸くして、しかしすぐに表情を和らげた。

「私も幸せですよ。君と、こうして過ごせることが」

ゆっくりと肩を抱き寄せられ、彼の温もりと匂いに包まれた。
この瞬間、やはり幸せだと感じる。
どうしようもなく胸がときめいて、いつまでもこうしていたいと願う。

突然、弦楽器の重厚な音が室内で鳴った。
そして優雅なワルツのメロディーと、軽快なリズムを刻む伴奏が聴こえてきた。
ふたりの意識がそちらに向けられ、トキヤがふと呟いた。

「ダンスの時間ですね」
「え、ダンス?」
「ええ、ダンスパーティーですから」
「き、聞いてない!」

何食わぬ顔で言う彼だが、優衣の心は追い付いていなかった。
ダンスなんて、体育祭のダンスコンテストでしか経験がなく、所詮は素人のお遊戯で、本格的なものはどうすればいいのか全くわからない。
困惑していると、トキヤが静かに目の前で跪いた。

「トキヤくんっ?」
「安心してください。私がリードしますから、優衣は私に身を委ねるだけでいいんです」

自信と慈愛に満ちた、彼の表情に惹き付けられて。

「この聖なる夜に、私と踊っていただけませんか? My princess」

迷いは捨てて、不安は消え失せた。
そっと差し出された彼の手に、羽織っていた上着を彼の肩にかけた後、自分の手を重ねた。

「喜んで」

擽ったいような気持ちに頬が緩み、小さくはにかむ。
すると、彼は満足げに微笑んで立ち上がり、上着に袖を通して身なりを整えた。
そして。

「さあ、行きましょう」

再び優衣の手を取り、眩いダンスホールへと飛び込んだ。
それからは、ふたりだけのステージ。
周りの目など一切感じない。
それは夢のような、おとぎ話のような時間だった。



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