05/11 ( 20:29 )
最初で最後の……

まったまたトキヤさんと優衣で、シリアスなお話。
実はこのシーン、連載に入れようと思っているのですが、どうせまだまだ先なのでフライングで公開してしまいました。
ツイッターのネタ系の診断が役に立ちました。



バスルームを出ると、すすり泣くような声が微かに耳に届く。
その声を辿って薄暗い部屋に戻ると、ベッドの上で膝を抱えて蹲る彼女の姿を見た。
やはり、泣いていたのか、独りで。
胸にほのかな痛みを感じながら、後何度口にできるかわからないその名を、呼んだ。

「優衣……」

はっ、と息を呑むような声が聞こえると同時に、びくりと彼女の小さくなっていた肩が震える。
優衣は顔を上げるとすぐに手の甲で涙を拭い、何でもない振りを装う。
もちろんそれは何の意味もない。
充分すぎるくらいに濡れた頬、そして薄ら赤い目を見て、誤魔化されるわけがなかった。
トキヤは眉を潜め、ゆっくりと彼女へと歩み寄り、自らのベッドに腰を下ろした。
部屋は秒針の刻まれる音がはっきりと聞こえるくらいに静かで、空気がとても冷たく、虚無感が漂っていた。
目を合わせようとしないまま黙りこくる彼女に手を伸ばす。
柔らかい髪をそっと撫で、まだ湿っている頬を大事に包んでやると、彼女は戸惑いを含んだ視線をようやくこちらに向けた。
こうして見つめ合うのもきっと、僅かしか許されない。
そう思うとひどく惜しくて、胸を焼き尽くすような熱情が理性を呑んで、いっそ時が止まればいいのにと、強く願ってしまう。
叶えてくれる存在はもちろん、いるわけもない。

「トキヤ、くん?」

ベッドに上がり込んで、優衣の腕を引いて胸に抱き寄せる。
この柔らかさと、温かさを逃がさんと、強く、強く抱きしめる。

「あの誓約書が社長の手に渡るまでは、まだ恋人同士ですから」

無常にも残されたほんの一瞬を、足掻くように。
優衣に、そして自分にと言い聞かせると、躊躇いがちに優衣の腕が背に回された。
その腕はやはり、震えていた。

「……明日から赤の他人、なんだよね」

ぽつりと、彼女が呟いた。
残酷な現実を突き付ける言葉が、トキヤと、恐らく優衣自身の胸を抉る。
明日、誓約書が早乙女社長に渡ったその瞬間から、自分たちは恋人同士ではなくなってしまう。
会うことはもちろん、電話やメールなど間接的に言葉を交わすことさえ許されない。
アイドルと、あくまでファンの一人。
言ってしまえば元あった関係に戻るだけなのに、こうも苦しみを伴うものなのか。
それだけ彼女という存在は、トキヤの世界の中心にいた。

「優衣」
「ん」

こうして唇を重ね合わせることで、ふたりだけの世界を彩ることができる。
愛で満たして、満たされて、幸せな世界。
どうせ終焉を迎えるのならば、せめてこの世界は幻想などではなかったと、示したい。
彼女の存在が記憶から消えないように――全てを躰に刻み込んでおきたい。

「んっ、トキヤくん!」

アイドルとして許されぬ欲望だとしても、止めることはもうできない。
ほんの僅かに残った畏怖を踏み潰して、彼女の奥に閉じ込められた欲を誘い出すように、首元に口づけた。
返って来たのは、動揺と焦り。
しかし、ほのかに香る石鹸の匂いが、気分をますます昂らせる。

「私は、君を忘れたくありません」
「トキヤくん……」
「そして、私の初めては君であってほしい」

真っ直ぐに、懇願して。

「私の最後の我儘です。聞いて、いただけませんか?」

小さく彼女が頷いたのを、肯定の合図として、ふたり一緒に倒れ込んだ。
この夜のことはきっと、大切な思い出と戒めとして、この胸に生き続けることだろう。



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