11/22 ( 23:08 )
欺瞞と純粋のグランギニョル(再録)

那月と久門の自己紹介の時のお話。
久門自体が暗いので、お話もついつい暗くなってしまいます。




ヴィオラ独特の少し厚みのある耳障りのいい音が教室に響く。
穏やかなその容姿の中に潜んだ震える程の激情がその音を色づけ、旋律をなぞっていく。
とめどなく溢れる熱情と、深い深い悲しみ。

「……ふうん」

感心して小さく漏れた声は音に掻き消され、自分の耳にしか届かなかった。
四ノ宮那月。
彼という人間に純粋な興味が涌いた。
彼の奏でる音から感じる熱に、体が包まれて。
聞こえる彼の心の叫びに、心臓が握られ潰されるのではないかというくらい苦しみを抱いた。

――あなたは、どうして泣いているの?

気付けば演奏は終わっていて、教室内には拍手が鳴り響いていた。
しかし莉緒が手を叩くことはなかった。
ただ呆然と、にこやかに笑う那月を視界に捉えるばかり。
那月は不意にこちらを見て、首を傾げる。

「ボクの演奏、お気に召しませんでしたか?」

どこか恐る恐る顔を覗かせる那月の言葉で、意識を現実に引き戻された。
莉緒は咄嗟に首を横に振る。

「違う……那月さんの歌に惹き込まれて、つい」

まだふわふわと違う世界に浮かされている中で、呟いた。
ヴィオラの音色に乗せられた那月の歌が、ずっと頭の中に流れ続けている。
すると那月は嬉しそうに、柔らかくはにかんだ。

「よかった。莉緒ちゃんに気に入ってもらえて嬉しいです」

思わず、莉緒も表情を和らげた。
那月の持つ空気は暖かくて、居心地が好くて、好き。
彼となら感性が合う、そんな気がした。

「次は、アナタよ」

那月が席に着くと同時に、担任の月宮林檎に指され、莉緒は立ち上がった。
自己紹介は苦手。
自分のことを他人に教えるのは、好きじゃないから。

「久門莉緒、十五歳。作曲家コースで、得意楽器はピアノです。既成曲を弾くのも好きだけど、即興で適当に弾くのが好き、かな」
「じゃあ早速、聴かせてくれるかしら?」
「はい」

こくりと頷いて、ピアノの方へ歩く。
今、自分は注目の的。
さほど気にはならないが、こういった視線は好きじゃない。
ピアノ椅子の高さを調節して、そこへ腰を下ろし、前にかかる髪を後ろへ退ける。
ひやり、と鍵盤の冷たさが指に伝わる。

「んー……」

何を弾こうかと考えた時、ふとメロディーが浮かんだ。
先程の那月の演奏に影響されたからか。
頭の中に鳴る音に合わせて、指を動かしていく。
変ホ長調、ゆったりと優しく温かく、しかし切なく心にじんわりと広がるように。
これが那月の歌に対する、莉緒の感情だった。
短い演奏が終わると、再び拍手が鳴った。

「綺麗……」
「なんか、ほっとしちゃう」

ちらほらとそんな声が聞こえる中、席に戻ると那月がこちらを見て微笑んだ。

「今の曲も即興ですか?」
「うん」
「凄い……ボク、今の曲好きですよ。聴いてると何だか懐かしい気分になって」
「本当に? ありがとう」

純粋に、嬉しかった。
曲を褒められるのは、好き。

「ただ……」
「ただ?」
「ちょっとだけ、莉緒ちゃんが寂しく見えた気がして」

那月の笑顔が、陰った。
莉緒は目を丸める。
自分が彼の演奏から感じたように、彼も自分の曲から感じてしまったようだ。
音楽は嘘を吐けないというのは、どうやら本当らしい。

「……あながち、間違いじゃないかも」
「えっ?」

だからといって、そう簡単に何もかも曝け出すわけにはいかない。
戸惑いを見せる那月に、悪戯っぽく笑みを貼りつける。

「なーんてね。ね、それより私、那月さんとパートナーがいいな」
「え、ボクでいいんですか?」
「那月さんの歌、もっと聴きたい。それに那月さんとなら、私、成長できそうな気がするから。那月さんさえよかったら、だけど」

作曲家として、というよりは、人間として。
決して口には出さない。
でも全くの嘘ではないから、それでいいと思った。
那月の笑顔を見て、ほっとする。

「ボクも莉緒ちゃんとだったら素敵な音楽を紡いでいける、そう思ったんです。ボクでよければ、お願いします」
「うん!」

那月となら、もっと他人に心を開けるようになれるかもしれない、もっと感情を心から持てるかもしれない。
那月となら……まみれた嘘の中から本当の自分が見つかるかもしれない。
そんな浅はかな希望を抱いた。



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