11/22 ( 14:16 )
いい夫婦の日

セレナーデ小話。
果たしてこのふたりはちゃんと結婚できるのでしょうか。
そんなことを考えてたらどことなくほの暗い感じになってしまいました。
そのうち番外編として昇格させたいです。





朝の喧騒の中、ひとつ小さな欠伸をする。
親友はテニス部の朝練らしく、その姿はまだ教室にはない。
昨日のテレビの話や家の話やらで盛り上がる数人の塊がちらほら、登校して教室に入り、友人たちと挨拶を交わす者もちらほら。
そんな様子をぼんやりと眺めていると、ぽん、と少し強い力で背中を叩かれた。
びっくりして、ぴしりと背筋が伸びてしまった。

「わっ!?」
「おっはよー、優衣!」
「お、おはよう」
「おはよー。眠そうだね、優衣」
「いや、今ので目が覚めたよ」

絡んできたのは、優衣の隣の席と前の席の友人たちであった。
彼女たちはそれぞれ席に着き、鞄を机に置くと、目をぎらりと輝かせながら優衣に注目してきた。

「ねえねえ、今日、何の日か知ってる?」
「え、今日? 何かあった?」

それはそれは愉しそうな声色で問われ、首を傾げる。
何か特別な日でもあっただろうか。
目の前のふたりの誕生日はとっくに過ぎてしまったし、瑞歩の誕生日も同じく。
思い当たるものがなくて、うーんと唸っていると、隣の友人の笑みが一際輝いた。

「今日はね、いい夫婦の日なんだよ!」
「いい、ふーふ?」

答えを聞いても馴染みがなく、首を傾げるままである。

「ほら、語呂合わせでさ」
「あぁ……でも、それがどうしたの?」
「どうしたのって、あんたもさぁ、彼氏いるんでしょ?」
「幻じゃなきゃね」
「なっ! 幻じゃないってば!」

彼氏ができたという話は彼女たちにもしたのだが、名前も教えることができなければ写真も見せることができず。
そうして彼の素性を隠し続けている間に、本当に彼氏ができたのかと疑われる羽目になってしまったのだった。
彼女たちは未だにその姿勢を崩そうとはしない。
その度、こうして力いっぱいに否定しなければならないのが、どうも面倒である。

「彼氏といい夫婦になりたいーって、思わないの?」
「ふ、夫婦って! あたしたち、まだ高校生じゃん!」
「将来の話だよ、将来の」
「ま、優衣にはまだこの話は早かったかなー」
「絶対バカにしてるでしょ……」

彼女たちは決まってお子さま扱いをする。
あながち否定はできないが、なんというか、悔しい。

「おはよー」
「あ、おはよう、瑞歩」
「おはよー!」

そんな時に、ようやく瑞歩が教室に入ってきた。
テニスバッグと学校指定の鞄で、非常に重そうに見える。
友人たちふたりに囲まれている優衣を見て、瑞歩は少し呆れた色を含ませて笑った。

「何、またこのふたりに捕まってたの、優衣」
「うん、めちゃくちゃバカにされてた」
「で、今度は何? また優衣の彼氏が幻だって話?」
「だって、今日はいい夫婦の日だっていうのに全く浮かれてないんだよ?」
「へえ、今日そんな日だったんだ」
「テニスバカの瑞歩に言っても無駄だったか」
「それ、どういう意味かな?」

ついでに瑞歩もバカにされてしまったようである。
この友人たちふたりは全く容赦がない。

「大体、私たちまだ高校生じゃん。夫婦とか言われても」
「あ、優衣と同じこと言ってる」
「……今の、なかったことにして」
「それ、どういう意味!?」

優衣が瑞歩の方に身を乗り出したところで、チャイムが鳴った。
間もなく、担任が教室に現れるだろう。
立ち歩いていた生徒たちは慌ただしく席に着き、大人しくなっていった。
友人たちから解放された優衣は、ふと考えを巡らせる。

(いい夫婦、かぁ……)

頭に浮かぶのは、もちろんトキヤであるが、結婚なんて考えること自体がおこがましい気がする。
人知れず、ずっと抱えてきた醜い感情を、彼は丸ごと受け止めてくれた。
自分にはもう彼しかいない、そうは思っていても、環境が許してくれるとは限らない。
何たって、彼はアイドルなのだから。



「もう、酷いと思わない?」
「それは酷い話ですね。私が幻だなんて」
「でしょー?」

彼のベッドに並んで腰をかけながら、憤怒して友人たちの愚痴を溢すと、彼は頭を撫でて宥めてくれる。
それがあまりにも心地好くて、だんだん何もかもがどうでもよくなってきた。

「……ねぇ。そういえば、今日、何の日か知ってる?」

だから、こんなことも聞けてしまうのかもしれない。
聞く気なんてなかったのに。

「今日、ですか?」

小さく首を傾げる彼は、今朝の優衣と同じ反応を見せた。
きっと、彼も知らないのだろう。
次第に気付いてほしくないと思うようになってきて、慌ててはぐらかした。

「やっぱいいや」
「はい?」
「大したことじゃないから。今のは忘れて、ね?」

トキヤは怪訝な顔をしているが、優衣はそれ以上、その話に触れることはなかった。
いくら彼が全てを受け入れてくれると言っても、やっぱりまだ怖い。
迷惑に思われたらどうしよう、なんて、一抹の不安がちくりと胸を痛めた。



優衣が風呂に入っている間、何気なくテレビをつける。
この時のトキヤは、夕方頃に優衣が言わんとしていたことなど、もうすっかり忘れてしまっていた。
夜のニュース番組にチャンネルを合わせると、ちょうど事件のニュースが終わったところで。

『続いては、こちらの特集! 今日は11月22日、いい夫婦の日ということで……』

ゆっくり、目を見開かせる。
流れ込んできた情報に、ひとつの心当たりがあったからだ。

『今日、何の日か知ってる?』

彼女が言わんとしたことを、初めて理解した。
そして、彼女が答えを言わなかった理由も、何となく察した。

(やれやれ、彼女の心を完全に開くにはまだまだ時間がかかりそうですね)

溜息を溢し、リモコンの電源ボタンを押した。
途端に、静かになる部屋。
無音に支配される空間で、ぽつりと小さく呟く。

「夫婦、ですか……」

彼女の恐らく抱いている不安をいち早くに取り除いてやりたいが、彼女も理解しているであろう通り、自分はアイドルで、結婚なんて迂闊に約束できたものではない。
それでも、結婚するなら優衣がいい。
否、優衣でなければならない。
彼女には酷かもしれないが、いつか、その時が来るまでは、この願望は胸に秘めておくことにした。

ただ、彼女に最高の笑顔を届けることだけは、今の自分に約束したいと思った。



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