09/14 ( 21:37 )
欲なき彼女の憂鬱

嫉妬にまつわるお話



いつも隣でこちらの目を見て愛らしく笑ってくれる彼女が、どこか空を見つめてぎこちなく笑う。
彼女は確かに今、こうして目の前にいるのに、彼女の心がまるで見えない。彼女の目も、別の世界に囚われたようにこちらの姿を映そうとしない。
通じ合えないことがひどくもどかしくて、少しでも彼女に近づきたくてその腰に腕を回そうとしたのだが。

「そうだ、喉渇きませんか!? あたし、何か飲み物取って来ようかなって思うんですけど!」

触れる寸前で、優衣は唐突にソファーから立ち上がった。空元気とも取れるような明るさに、どこか上ずった声。あまりにも不自然だった。
あからさまに避けられている。そう感じたトキヤは彼女に対して不安と共に不満を抱き、少々強引に目の前の腰を抱き寄せた。

「わっ!?」

そしてバランスを崩してソファーに傾れ込む体を受けとめ、逃げられまいと片頬を手のひらで包み込んだ。驚きのあまり大きく見開かれた黒い瞳が、こちらを真っすぐに見つめる。
ようやく見つめ合えた。ただそれだけなのに、ひどく安堵した。だからと言って、彼女への不満が消えたわけではないのだが。

「あ、あの、トキヤさん……?」
「まったく、君は本当に隠し事が下手ですね」
「えっ」

ぴくりと瞬く瞼は、実に正直である。

「ここまであからさまに避けられると、気付かない方が不自然ですよ」
「うっ」
「それで? 私の何が気に障ったのか、教えていただけますか? 君を傷つけたままでは、こちらとしても気が済みませんので」
「うううう…………」

狼狽える彼女の泳ぐ瞳を見入るように覗き込むと、しばしの躊躇いの後に観念した様子を見せた。長いため息と共に項垂れる姿は子犬のようで可愛らしい。一瞬、絆されそうになってしまったが、ぐっと堪えた。
お互いのためにも、ここは心を鬼にしなければならない。

「うううん……たぶん、これを言うと幻滅されちゃいそうなんですけど……」
「私が君に幻滅することなんてありえませんよ」
「で、でもね? これ、ほんっとーにあたしの我儘でしかなくて……ああ、やっぱりだめです」
「君の我儘を聞けるなんて、随分と貴重な機会ですからね。喜んで聞きますよ。だから、怖がることなんて何もありません」

彼女の不安は全て取り除いてやりたい。彼女がかつてそうしてくれたように。
柔らかく先を促すと、彼女はとうとう意を決したらしく肩に力を入れて、小さく唇を震わせた。

「あの、ですね。先週の、トキヤさん……じゃないや、HAYATOさんがゲストで出てたドラマあったじゃないですか」
「ん? ……ああ、あれですか」

そういえば、先週のオンエアだったかと思い出す。少し前の仕事で、ドラマの撮影があった。学園物で、主役は別の事務所のアイドルであり、HAYATOはゲスト出演ではあったがそれなりの見せ場が用意されていた。
見せ場、というのが所謂ラブシーンだったわけなのだが。不意に、まさかと思い立った。しかし、彼女はいつもアイドルとファンという一線を引いてそういった作品は見てくれているはずだった。少しの嫉妬ぐらい向けてくれてもいいくらいに、いっそ清々しく。
それが、今回は事情が違ったらしい。

「なんかちょっと、やだったなあ、なんて思ったりして」

恐る恐る、彼女は曖昧に言った。
思わず拍子抜けしてしまった。彼女自身も戸惑いを感じているらしい、いつもと違う思いを抱いていることに。

「珍しいですね。君がそんな風に言うなんて」
「あっ! ち、違うんです! ドラマ自体は純粋に楽しんで見てたんです! これはほんと! ただ……」
「ただ?」
「あの女優さん。なんかの番組でHAYATOさんのファンだって言ってたから……」

彼女の言わんとしていることが、ようやく理解できた気がした。彼女は役としてではない、相手の女優に対して嫉妬心を抱いてしまっていたのである。

「お仕事だし、そんなの関係ないってわかってはいるんですけど……でも、そういう共演がきっかけで熱愛が〜みたいな、そういうのテレビで見たことあるし……うううん、やっぱりみっともないですね、あたし! 今のは全部忘れてください!」

遂にいたたまれなくなったのか、彼女はこちらの胸に頭を埋めてしまった。肩は、今も小さく震えていた。
ああ、彼女はそんな些細なことで不安に打ち震えていたのか。そんな真面目さがあまりにも愛おしくて、不謹慎ながら口元が緩んでしまう。

「正直なところ、安心していますよ」
「……へっ?」

勢いよく顔を上げる彼女の顔がとても間が抜けていて、なんだかおかしくて笑ってしまった。

「君も、ヤキモチのひとつぐらいは妬いてくれるようになったんですね」
「へっ?」
「今まで、なかなかそういったことを君の口から聞いたことがなかったので。嬉しいですよ、それだけ私のことを想っていてくれているということでしょう?」

それも彼女の愛なのだと、肯定してやりたかった。それがいけないことであるかのように、罪悪感を抱いて苦しむ彼女の姿など見たくなかったのだ。何より、こちらは彼女に求められていたいというのに。
それは、彼女にとっては想定外だったらしい。唖然とした顔でこちらに見入ってしまっている。しばし経って、完全に気が抜けてしまったようである。力なく肩に寄りかかってくる彼女の頭を、褒め称えるように優しく撫でてやった。

「絶対、怒られると思ってたのに……」
「君がファンとして私のことを一番に応援してくれているのは、よく伝わっています。今度は私の恋人として、私を愛してくれているということを伝えていただけるとありがたいですね」
「うっ。……ど、努力はしてみますね」
「よろしい。期待していますよ」

精いっぱいに返された答えへの満足感から、機嫌良く鼻を鳴らして笑うと、優衣はぐりぐりと戯れるように頭をすり寄せた。よほど恥ずかしかったらしい。
愛おしさに胸を擽られたトキヤは、柔く目尻を細めて彼女のさらりと流れる髪へと軽やかな口づけを落とした。




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