10/09 ( 00:12 )
月見酒

17歳になった優衣が土方さんに翻弄される話。
最終的に月見関係なくなりました。


普段は騒がしい屯所も、夜の帳が下りると静かになるものである。
聞こえるのは虫の音、微かに庭の葉を掠める風の音。
深い闇の中で淡く浮かび上がる満月の優しい光を浴び、冷たく緩やかな風の流れを感じながら、土方は縁側で腰を下ろして酒を嗜んでいた。

「今日は月が綺麗ですね。真ん丸だ〜」
「そうだな」

隣で寄り添う彼女は、丸く満ちた月を眺める眼差しをそっと柔らかく細める。
そんな横顔が月光に照らされることにより、幻想的に彩られる。
嗚呼、あの満月よりも綺麗だなんて、柄にもないことを思ってしまうが、それは確かに感じたことだった。
決して口に出すことはないが。

「こうやってゆっくり月を見ることなんてなかったから、土方さんと一緒に見られてよかったです」
「……そうか」
「はい。実は、土方さんに誘ってもらえてすっごく嬉しかったんですよ。ありがとうございます」
「あ、ああ……」

何の計算もない、純真な言葉が胸を擽る。
邪念も何もない、無垢な笑みがこの汚れてしまった大人の心を捉えて洗い流してくれる。
そして浄化された心に生まれるのは、これまた醜い欲である。
彼女が悪いのだ。
何の疑いもなく無防備に、心を曝け出してくる彼女がいけないのだ。

「なあ、優衣」
「はい?」
「お前の酌で呑む月見酒は特別美味く感じるモンだ」
「えっ……?」

静寂が秋の夜風に流される。
酒のせいか、頭にまで昇った熱は研ぎ澄まされた理性を鈍らせている。
一つ、生まれた小さな欲は次第に繁殖していき、熱を帯びた瞳は彼女を欲して離さない。
御猪口を盆の上に置き、熱くなった手は彼女の肩へ。
只ならぬ空気を感じた彼女はびくりと肩を震わせ、揺れ動く瞳で土方を見つめる。
酒の力とは恐ろしいものである。
素面ならばここで我に返り、彼女を解放してやるところだが、今宵はどうも自制心が働きそうにない。

「この意味、さすがに成長したお前なら解んだろ」

みるみるうちに色づく頬、そして焦りに染まりゆく表情。
彼女にとっては二年という長い年月、それは彼女の女としての表情を育んでしまったようだ。
数ヶ月前まで見ていた、まだまだあどけなさの残る彼女とは違う。
しかしそれでも、こちらが心配してしまうくらいの警戒心のなさは相変わらずだったようだが。

「お前、本当に何も考えずにここに来たのか?」
「何も考えずにっていうか……だって、土方さんとまた一緒に過ごせるのが嬉しくて、あまり深く考えてなかったっていうか……」

恥ずかしげに俯く彼女の頬はますます鮮やかな色に染まる。
彼女の言葉が純粋な意味だと解っていながらも、大人というものはやはり狡い生き物で、ついつい邪な解釈をしてしまう。

「お前なぁ……男の前でンなこと、平気で言うモンじゃねェ」
「な、なんでっ」
「妙な期待しちまうだろーが」
「なっ……!?」

目をかっ開いたまま固まる彼女は、既に耳まで真っ赤になってしまっている。
月明かりに照らされたその様を愉快に笑って眺めながら、呑む酒は実に美味であった。



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