10/04 ( 15:08 )
君にだけ見せる弱さ

連載で書きたいシーンの一部。
実は途中ごっそりカットしてたりするんですが、それはちゃんと連載で書く時にでも…。



不意に、思うことがある。
自分がHAYATOという仮想アイドルから一ノ瀬トキヤという本当の自分に生まれ変わった時、それまでHAYATOを応援していたファンたちはどう思うのだろうかと。
HAYATOがいなくなるその時、やはり多くの人間は裏切られたと感じるのだろうか。
偽りの自分であるHAYATOを脱ぎ捨て、本来の自分としてデビューし、自分自身の歌を歌いたい――それはずっと目指してきた道であることに変わりないし、何が何でも到達しなければならないと思っている。
しかし、こうしてファンレターなどでHAYATOのファンたちの声援を聴くと、躊躇いを覚えてしまうのだ。
そして、ずっと忌み嫌っていたHAYATOという存在を、憎み切れない自分がいることに気付く。
HAYATOとしての活動で得た経験は今後の力になるだろうし、HAYATOを応援してくれるファンたちのおかげでここまで芸能活動を続けることができた。
だからこそ、彼等からHAYATOを奪ってしまうことに、底知れぬ罪悪感を抱いてしまうのであった。


「トキヤくん、大丈夫?」

不安げにかけられた声に、目の前へと意識が引き戻される。
気付けば隣に座る優衣が身を乗り出し、こちらの顔色を窺うように覗き込んでいた。
一瞬、息を呑んだが、一拍遅れて笑みを浮かべ、咄嗟に平然を装う。

「え、ええ……大丈夫ですよ」

こういう時、皮肉にも長年培ってきた役者としての腕が役に立ってしまうものである。
しかし優衣の表情は晴れることなく、疑いの眼差しが注がれる。

「本当に大丈夫な人は、大丈夫って言わないらしいよ」

核心を突く言葉に、腹の底が浮く感覚に襲われる。
彼女が妙に鋭いのか、どこから得たのかもわからない得体の知れない情報が効果的だったのか。
返す言葉も見つからず、ばつが悪くなって眼を逸らす。

「きっとお仕事続きで疲れてるんだよ。ちゃんと寝てる?」

少々見当違いではあるようだが、あながち否定もできないかもしれない。
ここ数週間はHAYATOとしての時間の方が多く、更には過密スケジュールであったので、なかなか気が休まることなく、心身ともに疲労困憊してしまっている。
だからこそ、こうしてようやく訪れた休日に、彼女をここへ呼び出したのである。

「そうですね……少々寝不足かもしれません」
「ほら、やっぱり! 駄目だよ、ちゃんと休める時に休まなきゃ」
「しかし、今日は君と」

せっかく、やっとのことで彼女との時間を手に入れたのだ。
それなのに貴重で掛け替えのない時を無駄にしてしまうなど、できるわけがない。
そう伝えようと口を開いたが、言葉はソファーの軋む音に遮られてしまった。
膝の上に跨る彼女の脚、優しく首に回る腕、そして寄せられる温かくて柔らかな身体。
たじろぐトキヤの耳元で、切に願う声が揺れる。

「あたし、ちゃんとここにいるから。だから、ちゃんと休んで」

小さく震える身体を、大切に抱きしめる。
嗚呼、彼女を悲しませてしまうなんて、例え己自身でも許されない。
安らかに胸を撫でる彼女の匂いと、心地好く沁み入る体温が、研ぎ澄まされていた神経を和らげてくれる。
そして顔を出した弱った心は、彼女の優しさに甘えようとしてしまう。

「優衣……」
「ん?」
「君は……ずっと、ずっと……私から離れないでいてくれますか?」

らしくないと、自分でも思う。
彼女の前になると、積み上げてきた自信もプライドも何もかもなし崩しになってしまう。
それでも、彼女は受け止めて、抱きしめてくれると解っているから。

「当たり前でしょ。離さないって言ったの、トキヤくんじゃん。それに」

彼女なら、欲しい言葉をくれると解っているから。
緩められる腕に気付いて、目の前に現れる彼女の優しい微笑を見つめる。

「たとえ世間が敵になっても、あたしはずっとトキヤくんの味方だよ」

彼女がいるなら、前へ進める。
気付けば心は重圧から解放されていて、失っていた力も少しだけ取り戻せた気がした。



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