08/06 ( 00:00 )
Happy birthday to you and I love you!

一ノ瀬トキヤくんハッピーバースデー!
ということで夢絵と、追記からは付き合ってから2回目のお誕生日のお話。






ずっしりのしかかる疲労感と共に部屋に帰ったのは、夜の帳が空を覆う時間帯。
バラエティ番組の収録が長引き、すっかり遅くなってしまった。
荷物を置き、ぐったりとベッドに座り込んで溜息を一つ。
明日も朝早くから別の番組の収録があり、一刻も早く眠りに就かなければと、僅かに焦りを感じていた時だった。
鞄に入れていた携帯が震える音が、静かな部屋に一際響いた。
こんな時間に、一体誰から。
重い腰を上げて鞄から携帯を取り出すと、明るい液晶画面に新着メールのマーク。
開いてみると、

『トキヤー! 誕生日おめでとう!』

音也からだった。
ここで初めて、たった今、日付が変わったことに気が付いた。
トキヤは思わず眉間に小さく皺を寄せる。

「まさか、一番に祝ってくるのが音也とは……」

なんとも複雑な気分だった。
また、メール着信のバイブが鳴る。
寿嶺二だった。
用件は音也と全く同じ、こんな夜中でもテンションの高さが窺える文面であった。
次に翔、レン、真斗、那月と、続々とメールが送られてくる。
誰も彼も、よくもこれだけのためにこんな時間まで起きているものだと、呆れながらも感心していた。
悪い気はしない。
しかし、少しだけ心細く感じてしまうのは、彼女からのメールがないからで。

「さすがに、もう寝ているでしょうか」

どうせなら彼女には一番に祝福されたかったが、強要するのも違う気がする。
それに、彼女がこの時間帯まで起きているというのも、決して喜ばしいものではない。
きっと朝になればメールでも来るだろう。
そう信じて携帯を閉じ、ひとまずシャワーだけ浴びて明日に備えて寝ることにした。


しかし、朝、起きてもメールは来ていなかった。
とはいえ、日が昇って間もない時間帯なので、きっと彼女はまだ寝ているのだろうと思うことにした。
日課であるランニングと、朝の支度を済ませた頃には届くだろう。
と、都合よく信じてみるも、呆気なく裏切られる。
しかしながら、誕生日を祝ってもらえないというだけで、こうも一憂してしまう自分が情けなく思える。
彼女に出逢うまでは、誕生日になどさほど興味はなかったというのに。
きっと、番組の収録中辺りには届くだろうと諦めることなく期待して、携帯を鞄の中にしまった。



今日は愛する人が生まれた、大切な日。
だから、昨日の晩からずっと気持ちが逸るばかりで、なかなか眠りに就くことができなかった。
おかげで体が怠く少々重い。
それでも彼に会えるのが嬉しくて、胸はわくわくしていた。
今年はどんな風にお祝いしようかと、実を言うと数週間前からずっと考えていた。
けれど特別なことは何も思い付かなくて、ずっと焦っていたところでつい先日、ようやく浮かんだ。
物のプレゼントなら、ありがたくもいくらでも渡す機会はある。
だから、普段はなかなか言えない、ありったけの気持ちを言葉にして贈ろうと決めたのだった。
そんなわけで、日付が変わった瞬間に危うくメールを送りそうになったが、すぐさまキャンセルボタンを連打して中断させた。
メールや電話なんかで伝えてしまっては、意味がないから。
ちゃんと彼の瞳を見据えて、直接、彼の耳に届けたいから。
でも、いざ伝えるとなると恥ずかしくて、物凄く緊張してしまいそうで、そもそも本当にちゃんと伝えられるのかというのも不安で。
いろいろな感情が入り混じっていて、もういっそ早く、早く――

「早く、会いたいなぁ」

ベッドに寝転がって熱くなった顔を枕に埋め、小さく呟いた。
直後、着信音が鳴り響く。
はっと飛び上がるように体を起こし、慌てて電話に出る。

「は、はい!」
『もしもし』
「あっ、トキヤくん! どうしたの?」

まさに今、会いたいと思っていた人の声で、気分が高まる。

『実は番組収録の方がかなり長引いてしまって……夜遅くまでかかりそうなので、会うのはまた後日に』
「やだ!」
『えっ?』

戸惑いの声が、向こう側で漏れる。
一瞬、思わず躊躇ってしまったが、ここで折れるわけにはいかなかった。

「あ、あの、今日はその、どうしても会いたくてっ」
『しかし、遅くに君を振り回すわけには』
「と、泊まりにいくから大丈夫だよ! 今日は絶対に会いたいの! だからお願い!」

自分でもびっくりするくらいに必死で、彼の誕生日なのにこんなに我儘を言ってしまうなんて、恐れ多くて。
だけど、彼は優しいから。

『……君が、そこまで言うのなら』

困惑気味で、でも柔らかい声に、今日は絶対に喜んでもらうんだと、心に誓った。




急な予定の変更に、彼女との会う時間が奪われるという事態が起きようとしていたが、幸いにもそれは彼女の熱意によって免れた。
相変わらず、誕生日ということには何も触れてはくれなかったが、彼女があんなにも我儘を言いきってくれることも珍しかったので、心はもう満たされている。

『今日は絶対に会いたいの!』

彼女の強い言葉に、期待が生まれる。
今は、少しでも早く収録が終わるように、祈るしかなかった。



結局のところ、ふたりが会えたのは午後11時頃のことだった。
駅で待ち合わせをして、一緒に寮まで帰ってきた。
玄関に入った途端、優衣はふと思い付いて、トキヤよりも先に靴を脱いで上がる。
そして、くるりと振り返って。

「おかえり、トキヤくん!」

彼には普段、誰かにこうして迎えてもらう機会なんてないだろうから、と思い立ったのである。
トキヤはきょとんとした後、ふっと笑みを零して。

「ただいま」
「んっ」

そっと大事に抱きしめられ、後頭部を支えられて、触れるだけのキスが降ってきた。
予想外の出来事で、思わず肩が小さく震えた。

「と、トキヤくんっ」
「今日はそんなに私に会いたかったんですか?」
「あ、う……」

くすりと笑い、ちょっぴり意地悪な口調でそんなことを言ってくる彼に、肩を竦めて俯く。
顔に熱が点り、火照ってしまいそうだ。
しかし、視線を落とした時に目に映った腕時計の針に、残された時間の僅かさを知らされて、意志を固めた。

「そりゃあ、会いたいよ。だって、今日は……」

緊張が体中に走り、力が入る。
ドクン、ドクンと脈が強く、速く働く中、真剣に彼を見つめる。

「優衣?」
「トキヤくん、ちょっと耳貸して」
「え、ええ……」

トキヤは戸惑いながらも上体を傾け、耳を寄せてくれる。
その首に腕を絡め、唇を近付けて、そして。

「あのね――」

心を込めて、祝福と愛の言葉をその耳にだけ囁いて届けた。
彼は目を見開いて、息を呑んだ。
それから固まってしまい、さすがに不安になった優衣は恐る恐る顔を覗き込ませる。

「あ、あのー、トキヤくん?」
「……不意打ちは反則です」

思わず、目を丸めた。
あのクールな彼が、ほんのりと頬を色づかせ、たじろいでいる。
なんだか嬉しくて、安心して、頬が緩んだ。

「ギリギリになっちゃってごめんね」
「いえ、案外、最後に祝ってくれたのが君でよかったのかもしれません」
「え?」
「こんなにも満たされた気分で、一日を終えることができますから」

彼の嬉しそうな、柔らかい笑顔を目にして、こちらまで満たされた気分になってしまう。
この笑顔が大好きで、愛おしくて、衝動に駆られて彼の唇に口づけた。

「っ!」
「さ、今日はもう遅いし早く寝る支度しなくちゃ!」
「優衣っ!」

でもやっぱり恥ずかしくて、逃げるように部屋の中へ駆けていった。



『お誕生日おめでとう。それと……愛してる』

最愛の人からの誕生日プレゼントが、今でも耳に残っている。
思い出すだけで、胸が温かくなる。
ベッドの上で、今、この腕に抱いている彼女が、ますます愛おしくなる。

「……優衣」
「うん?」
「私も、愛していますよ」

彼女がしてくれたように、その耳に愛の言葉を吹き込むと、みるみるうちに頬が熟れたように鮮やかな赤に。
そして彼女は擽ったそうに笑みを浮かべ、ぎゅっと抱きついてきた。

「うん」

トキヤはどうしようもない幸福感に浸りながら、彼女のふんわりとした髪を撫でた。
この世に生まれたことに、心から感謝して。



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