上座に座った政宗はその独眼を静かに細める。

「あんたが天宮の姫だな?」

「左様にございます」

不躾な問いに応える声は、涼やかに響く。

一族を滅ぼした敵将の前にあって、媚びることも怯えることもしない、清廉な態度であった。

政宗の瞳に浮かぶ色が僅かに変わる。

(…面白い)

言葉尻一つ震わせぬ気丈さに、初めて、目の前の女に興味が湧いたのだ。

「顔を上げろ」

低く命じる声に、典雅な衣擦れの音が鳴り、女が面を上げた。

見下ろす政宗も、下座に控える小十郎も、思わず息を飲む。

極々質素な打掛を纏った女は驚くほど美しかった。

否、女というよりは未だ少女と形容した方が正しい。

咲き初めの桜にも似た儚げな風情と、それに相反する凄烈な眼差しとが、彼女の持つ美しさをいっそう際立たせている。

「Hum、東国一の美姫ってのもあながち嘘じゃあないらしいな」

ほんの一瞬、見惚れた己を恥じるように笑った政宗は、改めて値踏みするような面持ちで少女を見据えた。

そして問う。

「俺が憎いか」

「いいえ」

「お前の一族は俺が殺した。それでも?」

「それであなたを憎んだとて何になりましょう」

紅い唇が艶やかに笑う。

「敗者が勝者の意に従うはこの戦国の世の習い。死した者が生きて返るというのなら、もちろん憎みも致しましょうが」

黒檀の瞳は冷ややかに、嗤う。

「それは叶いませぬゆえ、あなたは憎む価値一つございません」

主を愚弄されたと受け取った小十郎が腰の刀に手を掛けるも、それを視線一つで制し、政宗は笑んだ。

(この女は、面白い)

凭れていた脇息から身を起こして下段に降りる。

少女の頤に手をかけ、間近からその表情を見据えた。

「俺は今ここでお前を殺すことだってできるんだが」

「如何ようにもお好きになさいませ」

「Ah?」

闇より深い色をした少女の眸が、冷然と眇められる。

「元より命など惜しくもございませぬし、仮に私を殺めたとて、たかが小娘一人見逃せぬ狭量さよと誹られるは、伊達政宗殿、あなたお一人にございましょう」

力などには屈しないと、その眼差しが告げる。

「…いいな。気に入った。器量も度胸も殺すには勿体ねェ」

それは女にしておくには惜しいとさえ思えるほど。

もしもこの姫が男に生まれていたならば、天宮家が辿る末路はきっと違っていた筈だ。

「名は何という?」

「瑠璃と申します」

「瑠璃か、良い名だ」

そうして、驚いた小十郎が止める声も聞かずに、畳へ付いたままの彼女の細い手首をとって引き寄せる。

吐息も触れる距離で、まるで逢瀬を重ねる恋仲同士のように囁いた。

「…あんたは今日から俺のモンだ」

その瞬間、笑みを浮かべたのは果たしてどちらであっただろう。

二人の間で、伽羅の香りが誘うようにゆうらりと揺れた。



蝶は二度舞う


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