「これは御方さま、丁度良いところに」

春の陽気に誘われて、少し庭でも散策しようかと広縁を降りるところだった。

ここ数日体調の優れないことが多く、臥所から出られない日々が続いていたので、気分転換にもなるだろうと思ったのだ。

そんなとき、猛然とした勢いで駆け寄ってきたのが小十郎殿である。

膝をついてこちらを見上げた彼は、その強面をやや和らげた。

「御具合は如何にございますか?先日拝見したときよりも顔色が良いようにお見受けいたしますが」

「お陰さまで、大分よくなりました。もともと病という訳ではないのに、政宗さまが大袈裟になさるものですから」

ぴくり、と小十郎殿の眉間が動き、見る間に険しい表情へと変わっていく。

それが何の所為であるのか十分すぎるほどに理解していたけれど、努めて表情に現れないよう微笑んでみせた。

竜の右目とも称される彼の視線を真正面から受け止めるのは、中々に至難の業だ。

「御方さま、単刀直入にお伺いいたしますが、政宗さまの所在を御存知ですか」

「さぁ?今朝はこちらにはお見えになっておりませぬが」

「目を通して頂きたい書簡が山のようにあるというのに朝からとんずら、いえ失礼、お姿が見えないのです」

海より深い溜め息を吐いた夫の忠臣は、もし見つけたら小十郎にご一報をと言い置いて踵を返した。

微かに哀愁ただようその背を遠くに見送ってから、くるりと後ろを振り返る。

「…だそうですよ、政宗さま」

「Shit!小十郎の奴しつこいんだよ!」

背後の障子戸からそうっと辺りを窺い、盛大な悪態をつくのは今しがた小十郎殿が探していた政宗さまその人である。

「わたくしならもう大事ございませんから、どうぞ執務にお戻りくださいませ」

「馬鹿なこと言うな。今朝もほとんど飯食ってねぇだろうが」

真剣に自分を案じてくれていることが分かるので、それ以上何も言えなくなる。

優しく抱き寄せられ、その肩に凭れるようにして寄りかかった。

「瑠璃一人に大変な思いをさせて悪ィ」

「そのような…」

大きな掌が、ようやく膨らみの目立ち始めた腹部を、労わるように撫でてくれる。

常とは違う体と優れぬ体調に何度も気が滅入ることもあったけれど、いつだってこの人は側にいてくれた。

そのことが、どれだけ大きな支えになっただろう。

「Do you hear me?あまり母上を困らせるんじゃねぇぞ」

隻眼をやわらかく細めて、我が子へ語りかけるその姿も何もかもが愛しくてたまらない。

小十郎殿には申し訳ないけれど、もう少しだけ、この優しい腕を独り占めしていよう。

溢れてしまいそうな幸せに身を委ねて、そっと目を閉じた。



最愛なる日々をあなたに

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