何となく、その日は朝から妙に銀ちゃんがそわそわしていたので、気にはなっていた。

時折楽しそうな笑みを浮かべていたから、悪いことがあるわけではないんだろうなと思ったけど。

「瑠璃、ちょっと」

「なぁに?」

「いいから、こっち」

おいでおいでと手招かれるまま、ソファに座る銀ちゃんに近寄る。

隣りに座るよう促されたのでその通りにしたら、少し荒っぽい手付きでよしよしと言わんばかりに頭を撫でられた。

かと思えば、至極楽しげにするすると指先で私の髪を弄んでみたり。

終いにはころりと私の膝に寝転がって、完全に甘えたモードが発動した。

こうやって銀ちゃんに構われるのも、逆に銀ちゃんを構ってあげるのも勿論大好きなのでその行動に不満はないんだけど、朝からのおかしな態度のせいで、微妙に腑に落ちない。

ほとんど反射的にふわふわと手触りのいい銀色の髪を撫でてあげると、気持ち良さそうに目を閉じている。

「あのね銀ちゃん、わたし今から晩御飯の支度をしなきゃいけないんだけど」

「んなもん後でいいんじゃね?」

「でも、早くしないと神楽ちゃんも新八くんも帰ってきちゃうし」

「…来ねーよ」

「ん?」

「だから、帰って来ねェの、アイツらは」

「え?どうして?」

よいしょ、と身軽に体を起こした銀ちゃんとの距離は、15センチにも満たない。

これが私だけに許されたパーソナルスペースだと知ったのは、つい最近のことだ。

「どうしてってお前…」

じっと見つめてくる真剣な瞳を見つめ返したら、銀ちゃんはふいと視線を逸らす。

その頬と耳がほんのり赤くなっていることに気がついたときには形勢逆転。

何故かソファの上に押し倒されていて、さっきとは反対に銀ちゃんを見上げる体勢になっていた。

「…えっと…」

「これで分かった?」

舌なめずりする獣のように、銀ちゃんが笑う。

節くれ立った指先が剥き出しになった首筋をゆっくりとなぞった。

なんとも言えない感覚が背筋を這い上がる。

「美味しそうな羊がいるから、食べてみたいなぁと思って。虎視眈々と狙ってたわけよ、狼さんは」

吐息も触れる距離でそう告げた彼の方が、よっぽど羊みたいでかわいいのに、と思ったけれど。

紡ごうとした言葉はあっけなく甘い唇に飲み込まれて消えた。


飢えた狼と子羊の法則



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