「ねぇ瑠璃ちゃん、何かなぁこの真っ白な紙さん」

「先生忘れちゃったんですか。それは一週間前に先生が自ら配布したプリントですよ」

「いやそういう意味じゃなくてね、どうして何にも記入されてないのかなってそういう話なんだけど」

押し問答的なやり取りを何度か繰り返しながらそっと溜め息を吐く彼の手には、氏名以外見事に空欄のままになった進路希望調査の用紙。

「だってさ先生、よく考えてみなよ」

「あれなんでタメ語?ていうかなんで俺が考える立場になってる?」

凍り付いた笑顔を浮かべる彼の言葉をさらりと無視して、窓の外へと視線を流す。

「就職するにしても進学するにしても、将来的にみんな何かしらの労働には従事するわけじゃない」

「…まぁそうだろうな」

「そもそも労働っていうのは労働価値説に基づくマルクス経済学において」

「はいストップゥゥゥ!」

「なによーこれからがいいところだったのに」

「話が飛躍しすぎだろ!」

「あぁつまりね、結論から言うとわたしの将来の夢ってお嫁さんなんだー」

「今の労働云々のくだり必要あった!?」

瑠璃ちゃんいい加減にしないと先生苛々しすぎて糖分摂っちゃうよーなんて言いながら、彼はふと手の中の用紙をジッと見つめる。

「…お前お嫁さんになりてーの?」

「まぁそうですね」

「あーじゃあもうアレだ、これでよくね?」

わたしの手から奪われたボールペンが、お世辞にも上手とは言えない筆跡でさらさらと一番上の余白を埋めていく。

第一希望進路、そのスペースに書かれた歪な文字は、

「…『銀八先生のお嫁さん』…」

「俺んとこに永久就職ーなんちゃって」

「……」

「え、嘘ドン引き?や、やだな冗談、」

「うんいいね、じゃあわたしの進路これで確定ってことで」

「…え、マジで?」

「不束者ですがよろしくお願いします」



春の蕾は
きみの隣りで目を醒ます





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