※十二国記パロ 麒麟薬研








「台輔」


呼び止める声に、薬研は思わず苦笑した。

自分よりも上背のある大人が恭しく頭を垂れる様には、いつまで経っても慣れることが出来ない。

擽ったいから止めてくれと告げてみたことはあるが、国には体面や威儀というもの必要なのだと官に叱られたのは、今となっては懐かしい思い出である。


「どうした?」

「主上がどちらにおいでか、ご存知ではありませんか?随分お探し申し上げたのですが……」

「やれやれ、またか」


困ったことに、彼の主は時々こうして姿を眩ませては官を騒がせる癖があった。

探して連れ戻すのはいつも薬研の役目だ。


「台輔にはまことに恐れ入りますが……」

「あぁ、分かった。任せておけ」


恐縮しながら戻っていく官の背を見送ってから薬研も身を翻し、足早に幾つかの回廊を通り抜けていく。

探すまでもなく主の居場所は分かっていた。

麒麟である彼には、王その人だけが持つ王気が見える。


「…………よくもまぁ毎度毎度、上手い場所に隠れるもんだ」

「そんなこと言って、いつだって簡単に私を見つける癖に」


やわらかな金の燐光を放つその王気は、春の陽射しのようだった。

辿っていった先にあるのは桜の大樹、降るように落ちる花びらの下で優雅に寝そべった少女が、薬研を見上げて微笑む。


「薬研も寝転がってみたら?気持ち良いよ」

「俺はあんたを連れ戻しに来たんだが」


ただ眺めているだけならば、さながら絵画から抜け出してきたかの如く儚げで美しい主だ。

けれど口を開いた瞬間、たおやかな容貌を見事に裏切る、飄飄とした言動ばかりが飛び出してくる。

出会ったばかりの頃はよく呆気に取られたものだが、今はそれをも好ましく思うようになった。


「では勅命にしましょうか、台輔」

「なら逆らう訳にはいかねぇな」


茶目っ気たっぷりに笑う主の隣へ遠慮なく寝転がる。

豪奢な装束や装飾品を脱ぎ、飾り気のない平服を身に纏った女王は、端から見れば市井に暮らす同じ年頃の娘達と何も変わらない。

この細腕が大国の安寧を築き上げたなどと誰が思うだろう。


「………大将」

「うん?」

「疲れてないか」


色白の頬、その少し上にうっすらと浮かんだ眼下の隈をそっと撫でる。

国が平かになった現在も他国からの難民や浮民の問題は後を絶たず、彼女は日々対応に追われていた。

明け方近くまで部屋の灯りが消えないまま朝議に臨むことさえある。


「大丈夫よ」

「大将」


咎めるような声を躱し、彼の髪についた薄紅色の一片を摘み上げて少女は笑う。


「あなたを失わない為だったら、私は何でもするって決めてるの」


艶やかに甘い眼差しで射るように見上げられ、薬研は堪らず視線を反らした。

自分でもそうと分かるくらい熱くなった頬が恨めしく、動じる様のない彼女が憎らしい。


「………あんたは時々恐ろしいほど男前になるな」

「薬研ほどじゃないと思うけど?」

「勘弁してくれ………」


にんまりと意地の悪い笑みを象る主の唇をほんの一瞬、掠めるように口付けて塞いだ。

刹那ほどの沈黙のあと、蕩けるような笑みへと変わる瞬間が、何にも代えがたいものだと知ったのはいつのことだったか。


「………大将のその顔、何百年見てても飽きねぇなぁ」

「あら、お互い様ね」


細くやわらかな指先が、愛おしむようにくしゃりと彼の髪を掻き撫でた。

そのまま颯爽と立ち上がって踵を返した少女の馥郁たる香りを追いかけ、薬研も歩き出す。

また一つ、穏やかに季節が廻ろうとしていた。



あまくにがくいとしい

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