※十二国記パロで麒麟長谷部







風に龍旗が翻る。

国府に、里祠に、威風堂堂と揚がるその旗は、王の登極百年を祝して掲げられたものだ。

長谷部は傍らに佇む己が主を見下ろした。

未だ少女というに相応しい容姿をした彼の王は、露台の欄干に腕を乗せ、その眼差しを雲海へと注いでいる。


「………主上」


呼び掛けに振り返った王は、自分より頭一つ分以上背の高い麒麟を見上げてにっこりと微笑んだ。


「ねぇ、この季節の雲海が一番綺麗だと思わない?」


風に遊ばれる主の黒髪を手櫛で梳いてやりながら、長谷部も笑みを深くする。


「然様ですね。今年も良い天候が続きましたので、きっと豊作になることでしょう」

「光忠が喜ぶだろうなぁ」

「確かに……新しい料理がどうのと申しておりましたが、あれは些か地官長としての職務を蔑ろにし過ぎなのでは?」

「それだけ国が落ち着いたということよ」


朗らかな笑い声を上げ、彼女は再び愛でるような眼差しを雲海へ落とす。

水天一碧、眼下に広がる実りの黄金も鮮やかな深緑も、百年前のこの国には一つとして存在しなかった。

二代に渡って武断の王が続き、苛烈な政によって疲弊した国土を穏やかな治世で蘇らせた女王は、広く民に愛され、慕われている。


「……登極したばかりの頃に比べると、見違えるようです」

「それは国が?それとも私が?」

「さて、どちらだとお思いですか」

「長谷部も言うようになったね」


笑う主の手をとり、長谷部はそっと自分の掌を重ねる。

白くやわらかな指先は、百年前、彼が望んだ以上のものを造り上げ、なんの見返りを求めることもなく渡してくれた。


『あなたはどんな国が欲しい?』


跪いた長谷部に、それじゃあ顔が見えなくて寂しいから立って欲しいと言った彼女が、次に口にしたのはその問い掛けだった。

思わず呆気に取られたまま、それでも反射的に主の命に従って立ち上がったのは、麒麟としての性である。

覗き込むように彼の瞳を見上げた少女は満足げに一つ頷き、微笑んだ。


『うん、すごく綺麗。夜明け前の空みたいな色ね』


あたたかな温もりが静かに長谷部の指先を包み込む。

国と民を託したばかりの王の掌は、自分より遥かに小さく頼りなく、そして彼が知る誰よりも優しいものだった。


『………なぜ俺に、そのようなことをお尋ねになるのですか』

『なぜって、だってこれから先、ずっと一緒にいる人のことを知りたいと思うのは当然でしょう?』

『……っ……!』


さらりと告げられた言葉に胸が詰まる。

それが些かの含みも持たない、何気ない一言であったからこそ。


『………では、俺が望むものは一つだけです』


王の傍らで歩み生きる、それ以上に麒麟の喜びはない。


『どうか主上の………あなたのお側に、いつまでもいられる国を』


込み上げてくる想いを噛み締めながら、長谷部は再び跪いて心の底から深く頭を垂れる。

そう出来る主に巡り逢えたことが、真実幸福であった。


『───任せて』


玉座が永遠でないことを誰もが知っている。

けれどあの日、そう言って鮮やかに笑った少女の笑顔が今も変わらず隣にあることは、己の願いが叶う、何よりの証左だと思えた。



渺茫たる桃源郷



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