細雪の降る庭にしゃがみ込む彼女を見つけたのは、その姿を探し始めてから四半刻程が経った頃だった。

睦月の半ば、最も気温の低いこの季節に、よりにもよって羽織も持たず単姿のまま。

その後ろ姿が雪景色に溶けてしまいそうに見え、ぞっと粟立つような寒気を憶える。


「主……!」


呼ぶ声は、自分でもそうと分かるほどに震えた。

肩を揺らした彼女が振り返るより先に、細い腕を捉えて抱き寄せる。

小さな身体はまるで死人のような冷たさだった。


「一期?どうしたの?」


いっそ無邪気に訊ねてくるその声に、感情が激しく揺さぶられる。


「どうしたのではありません!」

「い、一期……?」

「このような薄着で雪の最中に!私がどれほど心配したとお思いか!」


制御の効かぬままにぴしゃりと怒鳴りつければ、大きな瞳が真ん丸に見開かれる。

悪戯を仕出かした時に叱る弟たちと同じ表情だ。


「………無礼な態度をお許し下さい。ですが、主の御身を案じればこそです。お分かりくださいますな?」


此方の迫力に押されてか、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら無言で首肯く彼女の白い頬を、そっと両手で擦る。

少しでも早く体温が戻るようにと念じながら。


「あのね」


大人しくされるがままになっていた主が、ぽつりと呟く。

ようやく赤みの戻った頬と色付いた唇とが、雪の中に咲く寒椿を思わせた。


「……これ、作ってたの。どうしても一期に見せたいなと思って」

「私に…ですか?」


その掌が示す先───積もったばかりの新雪の上に、大小様々な大きさをした雪うさぎ達が行儀良く並んでいる。

なぜこれを、と一瞬戸惑い、しかし数を数えてすぐに合点がいった。


「今年はみんなが会えるように、私も頑張るから」


申し訳なさそうに俯いた主の横顔を、さらりと流れ落ちた黒髪が覆い隠してしまう。

この本丸にはまだ、兄弟全員は揃っていない。

誰もそれを口にしたことはないし、不満に思ったことさえないが、彼女はずっと気に掛けていてくれたのだ。


「……どうぞ顔をお上げ下さい。そんなことであなたを責めたりは致しませんよ」

「…でも、一期…」

「楽しみが少し先に伸びるだけです。その分だけ、会えた時の喜びも大きくなりましょう」


指通りの良い髪をそっと梳いて耳にかけてやれば、擽ったげに身を捩った主が小さく笑う。

思えばそれは今日はじめて見る彼女の笑顔だった。


「……主、何かほかに、御心に気にかかっていることはありませんか?」

「………?特にない、けど…」

「出来ればあなたの憂い顔はあまり見たくないのです。これは私の我が儘、ですが」


柔らかな頬を指で辿る。

視線が重なった瞬間に微笑みかけると、同じように笑みを返してくれた。

そうした小さな振る舞いひとつで、無条件に彼女に触れることが許されているという優越感で満たされていく。


「………さぁ、そろそろ中に入りましょうか。風邪でもひかせたら今度は私が怒られてしまう」

「一期でも怒られることがあるの?」

「ありますとも。なにしろ本丸中、あなたを大切に想う者ばかりですから」


どうぞ御手を、と差し出した掌にそっと預けられるやわらかな温もり。

それだけでは足りなくて、細い指先をしっかりと絡めて握りしめた。


「雪うさぎ、あとで皆にも見せてあげたいな」

「えぇ、弟たちも喜ぶでしょう。けれど主、今度はしっかりと暖かい格好をなさらなければ、もう外には出しませんよ」


繋いだ指先の温度がゆっくりと重なる。


「一期の手は、あったかくて優しいね」


蕩けるように甘い彼女の笑い声が、冬の静寂へと穏やかに溶けていった。



Innocent world


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