心臓が止まりかける感覚というものを、人の身を得てから今日、初めて知った。


「大将、具合はどうだ?」

「……やげん……」

「まだ大分つらそうだな……」


赤く上気した柔らかな頬に触れると、異様に高い体温が指先に伝わってくる。

思わず眉を寄せた。


「……どうして無理をするんだ、あんたは」

「ごめん、ね」


遠征で傍を離れてから二日目、目の前に現れた遠征呼び戻し鳩は、代理で近侍を勤めていた長谷部の声で急を告げた。


『主が倒れた、遠征を中止して早く戻れ!!』


その一言がどれほど背筋を震わせたか、彼女は知らない。

だが、今思い返してみれば、門の前で別れたあの時に、いつもより顔色が冴えなかったことをもう少し気にかけるべきだったのだ。


「随分と嘘を吐くのが上手くなったもんだなぁ、大将?」

「…………わたしなんかより、薬研達の方が、大変な思いをしてるんだもの………」


いつもこうやって自分のことを後回しにして、けれどそんな様子は微塵も窺わせず、逆に出陣続きの此方の身を気遣ってくれる。

その優しさが愛おしく、そうしてほんの少しだけ、寂しい。


「………もっと甘えてくれ、頼むから」


汗で額に張り付いた前髪をそっと払う。

目尻に残った微かな涙の痕に口付けると、伏せられていた睫毛がふるりと揺れた。


「やげ、ん…」


潤んだ瞳から、涙が零れ落ちる。

布団の外に投げ出されたままの手を取って指を絡めると、擽ったくなるような力で握り返された。


「薬研」

「あぁ」


次々頬を濡らす雫を拭ってやりながら、彼女が少しでも安心できるようにと、繋いだ指先を優しく揺らす。


「大丈夫だ。ここにいる」

「し、心配かけて、ごめ、なさ…っ…」

「確かにそればっかりは頂けないけどな。あぁほら、そんなに泣くとまた熱が上がるぞ」


はらはらと泣く様は幼けなく、少しは叱ってやろうという思いなどあっという間に消え失せた。


「………大将、どうすりゃ泣き止む?あんたに泣かれると俺も辛いんだ」


「…………ぎゅってして……」


少し掠れた甘い声が、ねだるように囁く。

何とも魅力的な誘いではあったが、残念ながら相手は病人だ。


「やれやれ、生殺しか」

「……治ったら、ね?」

「………っ…!」


熱に浮かされているとはいえ、無意識でこれなのだから大したものだ。

いつもより体温の高い身体を抱き寄せて布団に潜り込むと、胸元にすり寄ってきた大将は気持ち良さそうに目を閉じた。


「…薬研の傍が、一番安心するの…」

「治った時にも同じ台詞が言えるといいけどな」


乱れた髪の間から覗く白い首筋に唇で触れる。

軽く吸えば雪のようなそれに鮮やかな赤が浮かんだ。


「……まぁ、覚悟しておいてもらうぜ、大将」


この痕が消える頃にはきっとまたいつものように鮮やかな笑顔が見られるだろう。



無垢なる夜明けと乙女

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