今生の主は随分と若い女子のようだ。


『三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ』


どんな人間であろうと、人の仔の一生など泡沫のもの。

特に感慨もなく目の前に佇む新しい主を見下ろせば、じっと見上げてくる大きな瞳と視線が交わった。

月のない夜にも似た漆黒の瞳。

吸い込まれそうなほどに深い色をしたその眼差しがふと、やわらかく解ける。


『はじめまして三日月宗近さん。こちらこそ、どうぞよろしくね』


何の打算も思惑もない、それは美しい微笑だった。

長い年月を人の傍らで過ごしてきたが、そんな表情を向けられたのは初めてだ。

差し出された小さな手を握り返すと花が綻ぶような笑みが咲く。

それが自分の為のものなのだと分かると、言葉には言い表せない感情がゆるりと全身を廻るのを感じた。

胸の奥に何かが灯るような、その想いを、


「一目惚れ、と言うのだろうなぁ」

「……突然何を言い出すのかと思えば」

「なに、主と初めて出逢った日のことを思い出してな」


腕の中に抱いた主の髪にそっと頬を寄せる。

上質な絹にも似た手触りのそれは、指に絡めた先からするりと流れ落ちていった。


「………ねぇ、これだと字が書きづらいんだけど……?」

「なんだ、主は俺よりもそんな紙切れの方が大切なのか」

「三日月が大切だからこそ頑張ってお仕事してるの。あと少しで終わるから我慢してね」


振り返り、苦笑した主はまたすぐに書面へと視線を戻す。

流麗な文字が綴られていく様を見るのは確かに面白くはあるが、しかし。


「……つまらぬ」

「っ、み、三日月……!」


無防備に晒された白い項に軽く歯を立てれば華奢な背がびくりと撓る。

潤んだ瞳が恨みがましそうに睨んでくるものの、残念なことに迫力はまるでない。

「主」

ふい、と逸らされた瞳。

(少々揶揄い過ぎたか…)

さてどうやって機嫌をとろうかと一瞬思考を巡らせたが、垣間見えた頬と耳朶が薄紅色に染まっていることに気付く。


「なぁ、主」

「…………」

「……寂しいから此方を向いてくれ」

「……………!!」


弾かれたように振り返った主の手から筆を取り上げ、強引に体勢を変えさせた。


「………三日月はずるい……」

「その狡い男が好きなのは主だろう?」


赤く色付いた目許を指で辿る。

請うように薄く開いた唇へ求められるまま口付ければ、背中に回った細い指先が遠慮がちに衣を掴んだ。


「……やはり、狡いのは主の方だな」


誰かを愛おしいと想う心に際限などないことを改めて思い知らされる。

嗚呼、本当に、人の器とは厄介なものだ。



あなたがくれた世界の色は



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