「……るじ、主」


浅い微睡みの淵をゆらゆら漂っていた意識が、穏やかな声に呼び戻された。

重い瞼を持ち上げれば、黄金に輝く美しい三日月を浮かべた瞳がじっと此方を見下ろしている。


「………みかづき……?」

「あぁ、俺だ。起こして済まぬが、このようなところで眠っていては風邪をひくぞ」


そう言われて、自分が今座っている場所が縁側だったことを思い出した。

次の出陣に備えて部隊編成を考えていたのだけれど、春のような暖かい陽気に誘われてつい転寝してしまったのだ。


「このところ夜遅くまで頑張っていたようだからな。疲れが溜まっているのだろう」


大きな掌でよしよしと頭を撫でられるのが心地よくて思わずまた目を閉じかけてしまう。

こらこら、と笑った三日月が私の傍に屈み込んだ。


「どれ、部屋まで送ろうか」


言うなり軽々と抱き上げられる。

優雅に歩き出す様は、人一人抱えているというのに重さなど微塵も感じていないようだ。

目尻に落ちる長い睫毛の影がぞっとするほど美しい。

普段自分のことを爺などと呼んでいる癖に、こういうところが本当にずるいと思う。


「ん?どうした、主。俺の顔に何か付いているか」

「………綺麗な顔してずるいなって思ってただけ」

「はっはっは!俺は主も十分に美しいと思うがなぁ」


さて着いたぞ、と畳の上にそっと降ろされた。

伸びてきた手がもう一度頭を撫でてくれる。


「………それに、俺の傍にいる時の主は愛らしくて困る」


低く囁かれて堪らず身体を竦めれば、さらに耳許を擽るような響き。


「いつまで経っても初なところもまた愛らしくて良い」

「……も、分かった、から…!」


まるで艶やかな声だけで愛撫されている気分だ。

じっと三日月を睨んではみたものの反省した様子はなく、楽しそうな笑みが返ってくるだけである。


「だが、まぁ、楽しみは後に取っておくのも一興だな」

「…………?」


長い指先が梳けずるように前髪へ触れたかと思えば、そのまま顕になった額にやわらかな唇が落とされた。


「……続きはまた夜に」

「っ、み、三日月……!」

「ゆっくり眠らせてやれぬかも知れぬから、今のうちに身体を厭っておくが良いぞ」


ではな、と艶冶な微笑と涼やかな香りを残して、蒼い衣の裾が視界から遠ざかっていく。

当然のことながら、眠気はもう綺麗さっぱりと消えていた。



微睡むは月の眸

×