※久々更新過ぎて本当に申し訳ない十二国記パロその2








穏やかな冬の午後、広大な庭園の片隅にひっそりと佇む楼閣にて。

精緻な細工の施された牀榻に悠々と寝そべりながら書類の決裁を行っていたリヴァイは、ふとその視線を斜向かいへ移す。

そこでは、彼とはまるで正反対にきちんと姿勢を正して腰掛けた少女が、真摯な眼差しを書面に落として丁寧に筆を動かしていた。

この辺りが育ちの違いだなと、リヴァイは一人苦笑する。

先王が斃れた後、荒廃著しい国の中で浮民同然の暮らしをしていたリヴァイとは違い、麒麟としてこの世に生を受けた彼女は蓬山で多くの女仙達に傅かれ、大切に慈しまれて育ってきた。

にも関わらず少しも高慢さや驕ったところがないのは、麒麟としての本性に加え、彼女が生来持つ気質に依るところが大きいだろう。

(おまけにこの鈍さも生まれ付きか)

これだけじっくりと視線を注いでいるのに、まるで気付いた様子はなかった。

持っていた紙を手近な文机に放ると、リヴァイは身軽に身体を起こす。

(………面白くねぇ)

子供染みた独占欲だと分かってはいても、あの美しい瞳が自分だけを映していないのが気に入らない。

ならばとるべき手段は一つだ。

ただ一言、己が与えた彼女の名前を唇に乗せるだけでいい。

「―――ルリ」

一呼吸分の沈黙の後、つと顔を上げた少女の真っ直ぐな眼差しが、リヴァイを見つめてやわらかく蕩けた。

長い裳裾を軽やかに翻して立ち上がった彼女は迷うことなく牀榻の傍らに膝を付き、にこにこと微笑んで主を見上げる。

幼子のような仕草でことりと首を傾ける様が何とも言えずに愛らしい。

あまりに屈託のない笑顔を向けられたリヴァイはまじまじと少女を見下ろしてから、思わず声を立てて笑った。

「……お前には負ける」

「……?何がでございますか?」

「いや、こっちの話だ。気にするな」

艶やかな髪を梳くように撫でれば、ルリはますます嬉しそうに微笑む。

そのまま滑らかな頬の感触を楽しむように指先で愛撫して、跪く彼女を自分の膝上へと抱き上げた。

「相変わらず軽いな」

「主上…」

雪のような肌がほんのりと淡い紅に染まっていくのを視線で愛でながら、リヴァイはそっと少女の身体を抱き寄せる。

仄かに甘い香りのする肩口に額を預けて、露になった細い首筋へ戯れるように口付けた。

「…っ…」

微かに震えた吐息が桜色の唇から零れる。

どれほど永い時を共に過ごしても、少しも変わることのない彼女の初々しさが愛おしくて堪らない。

「…ルリ…」

確かめるように名前を呼びながら、自分だけが触れることを許された、透き通りそうなほど白く細い指先を掬い上げる。

声高に言えるほど清廉潔白な生き方をしてきた訳でもない。

況してや玉座を希んだことも、己が玉座に相応しい人間であると思ったことなど一度もない。

それでも、何の汚れも知らないその指先は、他の誰でもなくリヴァイの手を取った。

『何故俺を王に選んだ』

登極したばかりの頃、彼女にそう尋ねたことがある。

今日と同じように傍らへ侍っていたルリは僅かに首を傾げ、そうして、爛漫と咲き乱れる花のような笑みを浮かべた。

『 麒麟は天啓によって王を選びます』

甘やかな声が、唄うように言葉を紡ぐ。

『主上は天啓がどんなものか御存知ですか?』

『……さぁな。天帝とやらが【こいつが王だ】とでも耳打ちしてくれるんじゃねぇのか』

『いいえ。そう思われていることが多いのも事実ですけれど』

長く空席であった玉座に王を据え、凍えるばかりであったこの国にあたたかな春をもたらした少女は、艶やかに微笑んだ。

『天啓は、しいていうならば直感です』

『……直感?』

『はい。この方だ、という、強い直感』

思いがけない言葉に瞠目する主を誇らしげに見つめて彼女は笑う。

『主上にお逢いして、私にも初めて天啓の意味が分かりました。…私はあなたを王にする為に生まれたのだと、あの日、心からそう思ったのです』

どんな美辞麗句を並べ立てた賛辞よりも、その言葉は真っ直ぐにリヴァイへと届いた。

『……そうか』

素直に向けられる感情が眩しくて擽ったくて、思わず素っ気ない態度を取ったことも、今となっては懐かしい思い出だ。

出逢った頃から何一つ変わらず、惜しみ無い信頼と愛情を、小さな掌いっぱいに乗せて差し出してくれる、何物にも代えることができない存在。

―――何に囚われることもなく生きてきたリヴァイをこの世界に繋ぎ止める、ただ一人の運命。

「……だからお前には負けると言うんだ」

絡めた指先ごと抱き締めて囁いた声は、重ねた唇の上で静かに解けた。



比翼連理の枝を手折りて

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