「ねぇロー、お願い…」

「駄目なものは駄目だ」

猫のような瞳が恨めしげな色を刷く。

滑らかな白い頬から折れそうに細い首筋までのラインを撫でてやると、険しかった眼差しは幾分和らいだ。

そのまま、シーツに散らばる艶々とした黒髪に指を絡めて小さな頭を抱き寄せる。

「…意地悪…」

まるで拗ねた子供のような幼い仕草でぐりぐりと額を押し付けてきたルリがくぐもった声で呟く。

しかし、言葉とは裏腹に細い指先がぎゅう、と強くシャツの胸元を握り締めるのを見て、思わず口元が緩んだ。

「何とでも言え」

「意地悪!」

「減らねぇ口だな」

ぐにぐにと頬を摘まむと、ルリの瞳が徐々に潤み始める。

………我ながらコイツのこの顔には弱い。

本格的に泣き出される前にと、宥めるように額へ口付けた。

擽ったげに身を捩るのを制して、微かに紅く染まった目元にも唇で触れる。

「…大体、『戦えるようになりたい』ってのは何だ。前にも言ったと思うが、お前はまるで戦闘向きの人間じゃねぇ。いい加減諦めろ」

「だって…!」

項垂れたルリだったが、今度は決然とした表情を浮かべて真っ直ぐに見上げてくる。

どんな答えが返ってくるのかと特に構えず視線を落とせば。

「…戦えたら、わたしだってローのこと守ってあげられるもん…」

「……っ…」

一瞬、本気で呼吸の仕方を忘れた。

らしくもなく動揺した俺に気付いたのか、ルリは不思議そうに首を傾ける。

「ロー?……あれ、なんか顔が赤、」

「うるせぇ見るな」

咄嗟に華奢な身体を益々懐深くに抱き込んだ。

掌にすっかりと馴染んだ、やわらかな体温。

「……馬鹿かお前は」

言える訳がない。

いつだって欲しい物があれば力ずくで奪いながら生きてきた、そんな自分が。

たった一人の女に溺れて、その温もりを失うことだけを恐れているなどと。

「ば、馬鹿ってひどい…!」

「足りねぇ脳ミソでくだらないことを考えるな」

指通りの良い髪をぐしゃぐしゃと掻き乱すように撫でる。

顔を上げたルリのほっそりとした頤を掬い上げ、何か言いたげに薄く開かれた唇を静かに啄んだ。

「…お前は俺の傍にいて、ただ笑ってろ」

それだけ十分だ、と。

囁いた瞬間に、腕の中で花のような笑みが咲く。

「馬鹿はどっちかしら」

「あァ?」

鮮やかに笑ったルリの小さな掌がそっと頬に触れた。

「海賊のクセに、欲が無さすぎよ」

「……違いねぇ」

絡んだ視線に惹かれるまま唇を重ねて、あたたかな身体をもう一度、シーツの白い波に沈める。

「最期まであなたの傍にいさせてね、ロー」

泣きたくなるほど優しい声が、穏やかに鼓膜を揺らして融けた。


心が朽ちるその日まで

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