※十二国記パロで主上兵長×麒麟夢主 「お帰りなさいませ、主上」 恭しく優雅な立礼に出迎えられる。 騎獣から降りたリヴァイは禁門を抜けてすぐの露台に佇んでいた己の半身たる少女の姿を見つめ、穏やかに表情を緩めた。 「留守中変わりは?」 「ございません。御無事のお戻り、安堵致しました」 「あぁ」 淑やかな笑みを浮かべた少女に手を伸ばし、その白い頬を撫でる。 長い睫毛がうっとりと気持ち良さそうに伏せられるのを見て、リヴァイも笑みを深くした。 護衛の為傍に控えていた小臣達や出迎えに出ていた女官達が心得たように下がっていくのを見届け、華奢な身体を抱き寄せる。 甘やかな香りがふわりと揺れた。 「ルリ」 「はい」 自分が下賜した字を呼ぶたびに、いつも彼女は蕩けるような微笑みを浮かべる。 ――優美な少女の姿をしているが、実は彼女の本性は人ではない。 麒麟と呼ばれる、慈悲深く争いを厭う性情をした、人と獣の二つの姿を持つ最高位の神獣なのだ。 その麒麟には生来名前が無い。 胎果の生まれであれば親に与えられた名のあることもあるが、それは非常に稀な場合だ。 リヴァイを唯一無二の主として選び、玉座に据えたこの少女も、出逢った時には未だ己の名前を持っていなかった。 『天命をもって主上にお迎え致します。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げます』 『……許す』 足元に深々と額ずいた少女の腕を取って立ち上がらせたリヴァイは、間近でその美しい面立ちを見下ろした。 『お前、名は?』 短い問いに、優しげな瞳がほんの少し寂しそうな色を刷く。 『私に名前はございません』 『あ?……あぁ、そうか。麒麟てのは難儀な生き物だな』 『主上…』 困ったように見上げてくる少女に視線を注いだリヴァイは、少しく考えた後静かに口を開いた。 『…ルリ』 『はい?』 『お前の名前だ。呼ぶ名がねぇと不便だろうが』 ぱちり、と大きな瞳が瞬く。 次の瞬間、大輪の花のような笑みが咲いた。 『ありがとうございます、主上…』 あの日涙を浮かべて笑った彼女の名前を呼ぶことができるのは今も昔もただ一人、その名を与えたリヴァイのみ。 ――王を選ぶ為だけに生まれ、そうして己の選んだ王が道を誤れば、王の過ちの為に死ぬ。 それが麒麟という生き物であり、ルリはその髪の一筋に至るまで全てが、文字通りリヴァイのものだった。 王の為に在る麒麟は、王の傍でしか生きることが出来ない。 「ちゃんといい子で留守番してたか、ルリ」 「またそのような…私を子供扱いなさらないでくださいませ」 ふい、と拗ねたように視線を逸らしたルリの髪を撫で、滑らかな額に唇で触れる。 「冗談だ、そう怒るな。質問を変える。……俺がいなくて寂しかったか?」 「…とても寂しゅうございました…」 しゅんと項垂れる様子が愛らしくて、思わず笑みが溢れた。 見た目以上に軽い華奢な身体を抱き上げてやれば、夜空の色をした瞳が真っ直ぐな思慕と共にリヴァイを見下ろしてくる。 素直な一途さが愛おしかった。 「…あのう、主上、私は仁重殿に戻らなければならないのですけれど…?」 そのまま正寝に向かって歩き出せば、ルリは困惑気味に首を傾げた。 さらりと流れ落ちた黒髪に指を絡めてそっと引き寄せ、やわらかな紅唇に口付ける。 「今日の執務は無しだ。もう先触れはしてある」 「…主上…」 「寂しかったんだろ?せいぜい居なかった分の埋め合わせをしてやる」 確かな熱を孕んだ主の眼差しに見つめられた少女は、頬を染め、心から幸せそうな笑みを浮かべた。 金糸雀の唄う楽園 ×
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